祝・国民栄誉賞決定!国枝慎吾さんが語る引退後の決意「苦手な水泳を克服、死ぬまでイキイキと挑戦し続けたい」
車いすテニス界のレジェンド、国枝慎吾さんが、東京・青山のHonda本社でトークショーを行った。テニスの四大大会とパラリンピックで優勝する「生涯ゴールデンスラム」という前人未踏の偉業を達成した国枝さんが、競技人生を振り返り、新たな挑戦について語った。
国枝慎吾さん「引退届を出したときは震えた」
「引退届を出す瞬間は、さすがに手が震えました。ランキングから名前が消える、これで終わるのかと」
こう語るのは、車いすテニス界を牽引してきた国枝慎吾さんだ。今年1月に引退を表明し、今後の活動に注目が集まる中、Honda・ウエルカムプラザ青山で開催された福祉車両の展示イベントに登壇し、現在の心境を語った。
国枝さんは、コンパクトでスタイリッシュな車いすで颯爽と登場。ステージに上がると、鍛え上げられた両腕を使って、競技用の車いすにふわりと浮くように乗り換えた。
コート上の勝負師の表情とは一転、柔らかい表情を客席に向けた国枝さん。現役引退から3週間がたち、司会者から「変化はありましたか」と尋ねられると「リラックスした日々を送っています」と優しい笑顔で答えた。
ラケットを置く決断をしたウィンブルドン
引退を発表したSNSでは「最後まで世界1位のままでの引退は、カッコつけすぎと言われるかもしれませんが、許してください」と綴った国枝さん。引退を決意した日を振り返る。
「2013年に東京パラリンピックの開催が決まって、8年間の思いがこもった舞台で金メダルを取ることができました。燃え尽き症候群も経験しましたが、なんとかウィンブルドンまでという気持ちでやってきて優勝することができました。
ウィンブルドンの芝生のコートの上でみんなと抱き合ったとき、『もうこれで引退だな』という言葉が最初に出ました。テニス人生、十分やり切った。アスリートは野心を持っていないといけないと思うんですよ。なにかを成し遂げたいという気持ちが、僕の中から消えてしまった。この感情のままプレイするのは、自分がやってきたことに反するので、ラケットを置く決断をしました。
引退届を出したときは手が震えましたが、すぐに、これから新しいチャレンジが始まる。さあ、新しい1日だ、という気持ちになりましたね」
引退後は、朝起きた瞬間からの行動も変化したそうだ。
「現役中は、朝起きた瞬間から、寝違えていないか、腰は痛くないかと、自分の体をチェックしていましたが、それをしなくなりました。ストレスもなくよく眠れています。現役中は食べることも仕事でしたが、今は遅くまで眠ってもう食べなくていいやって日もあります。筋力が落ちたせいなのか、2キロくらい痩せましたね」
現役中から挑戦してきた「パラスポーツを変える」
引退会見の際、「車いすテニスを社会的に認めてもらいたいと思ってやってきました。スポーツとしていかに見せるかというところにこだわってきた」と語った国枝さん。
「車いすテニスを長年やってきた中で、スポーツ以外のことで報道されることもあって葛藤していました。『脊髄の腫瘍で生死を乗り越えて金メダルを取った』とか感動話もあるかもしれないけど、それよりも“スポーツとしての面白さ”で勝負したいとずっと思っていましたし、その活動はずっと続けていきます。
僕の存在は知っていたかもしれないけど、どんなプレイをするのか、どんなショットを打つのか、自分のプレイスタイルがどんなものか伝えたい、車いすテニスがどんなものか伝えたい。それが叶ったのが東京パラリンピックだったかもしれない。戦い終えたら40才手前だった、なかなか大変でしたね」