タクシー運転手さんと昔話で親の頑張り時代を知る。これもギフト【実家は老々介護中 Vol.11】
80才の父は、がん、認知症、統合失調症を患い、79才の母が在宅介護中。娘でアラフィフ美容ライターの私は、そんな実家を心配しながら都心で仕事をしつつ、たまに実家を手伝っています。父母にとって、介護サービスの皆さんが来る時間までに身なりを整えることが、生活のハリになっているよう。病気も老いも止められないけど、人との関わりで明るく過ごせることがありがたいです。
ストレス発散はおしゃべりが一番
母のストレス発散はおしゃべりすること。ケアマネさんか、ヘルパーさんから、100円ショップに売っている顔拭きシートを教えてもらったようで、これが洗顔の代わりとなり化粧水まで付いていて、カサカサしない便利なもの。
「洗面所で顔を洗うのもリハビリになるから、疲れてる日だけシートにしてるんだよ」と、父母がふたりして言い訳していましたが、ホットタオルを作るのも億劫なとき、便利ですよね。
さて、父は訪問診療に切り替えることになりました。状況からして、しょうがないです。定期診察も今日が最後という日、母はいつもの介護タクシーをお願いして、通院の車中では運転手さんと世間話を。
運転手さん:「最近はこのへんの家も売れないみたいねえ。うちは親父が買った家がね、バブルのとき買ったから、もう下がりっぱなしですよ」
母:「あら、うちもですよ。さびれた昔の新興住宅地よね。困りますねえ」
きゃー、不景気な話。ここで父が滑舌悪いながらも、ノリノリでしゃべり出しました。
父:「ほんと、仕事は良かったんですよ、バブルのとき」
母:「そう、うちの主人はね、工場勤務だったんですけど、あのころは忙しかったですねえ」
運転手さん:「私の世代は恩恵にあずかってないですから。あの時代を経験している人は本当にすごい。尊敬しますねえ」
うまく父母を持ち上げてくれる運転手さん。人気の秘密はこのトーク術かも?
父:「家のローンもあったしね、頑張りましたよ」
母:「あのころの会社はね、ベースアップを毎年してくれて。残業も多かったですけど、残業代が通常の2割増とか3割増しで付いて、やればやるだけ儲かってね。休日出勤なんて、2日分以上もらえて」
えー!そうなんだ!私の知らない、父母の頑張り時代の話に驚きです。兄と私を大学まで入れるの大変だったよね、と改めて思うのと、そんないい時代がうらやましいのと。それから、人と話しているとき、父母の表情が明るいのがうれしい。
病院に着きました。付き添いがふたりいると便利なんですよね。ひとりが受付している間に、もうひとりが車椅子へ乗せ替えたり、トイレへ連れて行ったりできてスピーディーです。母の運転で通っていたころは、母が駐車場に停めに行っている間、私が受付やら何やら済ませて待合室で合流。「すごく楽ちん!」と母に喜ばれ、できるだけ付き添おうと思ったのでした。
さて、父が血液採取を済ませたら、診察まで長く待たされるので、売店前の休憩コーナーでサンドイッチをつまむのが恒例なのですが。前回の診察のころは食べられたけど、今は父の嚥下が心配です。私が、
「お父さんのお昼、何を買おうか?飲み込めないよね?」と、コソッと母に聞くと、
「イヤ、いつも通りやらせてやって。食べるフリで満足だからさ、いいんだよ」と母。
そういうものかな。いつも通り、父の車椅子を押しながら売店をぐるっと回り、一緒にお昼ご飯を選んでいると「ほら、お菓子食べるんなら買いなさい」「甘い飲み物ばっかり飲むんじゃないよ」と父は矛盾したお節介を言って、親らしいというか、何というか。この時間が楽しいのかもしれません。
席に着き、父は澄ました顔でサンドイッチを食べる仕草をした後、食べやすいとろみのあるたまごスープが気に入って完食。この後の診察では、主治医に訪問診療の指示書をもらったお礼を父自ら言えて、今日はシャッキリした感じです。その分疲れたのか、帰りの介護タクシーでは爆睡していましたが、こういう外界との関わりが刺激になり満足な様子。
帰りの車中、母が介護タクシーさんに、「次回の予約はしません。訪問医療に切り替えるんですよ」と伝えると、「また何かのとき、呼んでくださいね!」といつも通りの元気な声。こういう別れをたくさんしてるからこその笑顔なんですよね、きっと。何だかこちらが癒やされました。
両親が頑張っていた時代の話を聞けて、今日は良かったです。父も母も、もっと人と話したいのだとわかったので、私も孫パワーも借りて、もっと電話をしようと思いました。
文/タレイカ
都心で夫、子どもと暮らすアラフィフ美容ライター。がん、認知症、統合失調症を患う父(80才)を母が老々在宅介護中のため、実家にたびたび手伝いに帰っている。
イラスト/富圭愛