連載

「認知症の母が夜寝る前に化粧をしようとする」不思議な行動の意味と息子が考えた対策

 作家でブロガーの工藤広伸さんは、岩手・盛岡に暮らす認知症の母の遠距離介護を続けて10年目。最近気になるのは、認知症がじわじわ進行し、お母さんが身だしなみとして続けてきた「化粧」ができなくなってきたことだ。夜寝る前に化粧をはじめようとする母に困惑し――どんな対策をしているのか、工藤さんに教えてもらった。

崩れつつある母の朝のルーティーン

 母はものわすれ外来やデイサービスなど、外出する際は必ず化粧をする習慣があります。認知症は重度まで進行していますが、化粧はまだ忘れていません。しかし以前とは、明らかに違う化粧になりつつあります。

 3年前の母なら、わたしのサポートなしで朝食後の皿を洗い、顔を洗って、歯を磨いて、化粧ポーチから化粧水を出して塗ったあとに、ファンデーションや口紅を塗るルーティーンをしっかりこなしていました。

 しかし今は、ルーティーンを最後までやり遂げるためには、わたしのサポートが必要です。例えば、顔を洗ったあとに拭くタオルを準備しないまま、顔を洗い始めてしまいます。

 周りを見渡してもタオルがないので、やむを得ず母は近くにある手を拭くための汚れたタオルや食器拭きで顔を拭いてしまうのです。そうならないために母が顔を洗い始めたら、わたしがキレイなタオルを取りに行って、母の近くに置かないといけません。

 また歯を磨こうとすると、歯ブラシが見つかりません。箸と勘違いして、食器棚の箸置き場に片づけたり、化粧ポーチの中に入っていたりと、歯を磨く前に歯ブラシを探すために時間を取られます。

 さらに歯の磨き方も不安なようで、歯ブラシに歯磨き粉をつける手順を忘れてしまって、困っている母を何度も見かけました。

 これらがすべて終わったあとに化粧を始めるのですが、母がいつも化粧をする台所のダイニングテーブルの上に、わたしが化粧ポーチを置きます。さらに化粧水、口紅、ファンデーション、スポンジなどをすべて出して並べます。

 こうしたサポートがあって初めて、母は無事化粧ができるわけですが、最近になって夜に化粧をしようとする母の姿をたびたび見かけるようになりました。

認知症の症状「昼夜逆転」のきっかけ

 夕食後に顔を洗って化粧水だけつけるのであれば、わたしも何も言わないのですが、外出するわけでもなく、ただ寝るだけなのに母はファンデーションを塗ろうとするのです。

 寝る前に化粧をする女性の話を聴いたことがあるので、間違いではないのかも? と思ったこともありますが、以前の母は夜に化粧はしていませんでした。夜にファンデーションを塗っても問題はないのですが、昼夜逆転のきっかけになるので止めています。

 認知症の昼夜逆転とは、睡眠時間である夜中に起きて活動するようになることです。昼間の活動量が少なく昼寝の時間が長くなると、夜に眠れなくなり、昼と夜の行動が逆転してしまいます。

 母の場合は、深夜0時にリンゴをむいていました。翌朝、酸化したリンゴが食卓にあったので、見守りカメラの映像で確認してみたところ0時に朝食と勘違いしてリンゴをむいていたようです。

 夜のファンデーションと昼夜逆転がどう関係しているかというと、母は化粧をすると朝のような感覚になるスイッチが入るようです。そのままデイサービスに行く準備を始め、夜なのに外出用の服を着てしまいます。

 時計を指差して今が夜であることを説明したり、カーテンを開けて暗い外の風景を見てもらったりして、夜と認識してもらうこともあります。こうした理由から、母が昼夜逆転のきっかけになる化粧の準備を始めようとしたら、すぐに止めています。

 昼夜逆転が起こりづらい日があって、それはデイサービスに行った日です。日中の活動量が増えるのと、デイサービスでは一切昼寝をしない母。昼間にしっかり起きている分、夜はすっかり疲れてぐっすり眠ってくれるので、夜中に起きません。

化粧ができるだけでもありがたい

 わたしは遠距離介護で1か月近く帰省しますが、滞在期間は毎日、化粧道具のセットアップを行っています。

 化粧道具を揃えて並べておけば母はひとりでも化粧ができますが、わたしがいないときは化粧道具を家中のいろんなところに片づけてしまって、見つけられずに化粧をしない日もあります。

 料理が得意だった母の最後の砦と思っていた料理が次第にできなくなりつつあり、次の砦は化粧かもと思い始めています。認知症がどんなに進行しても、身だしなみに気を使う気持ちがあれば、最期まで張りのある生活は保てると思うのです。

 化粧をしなくなっても、食事などと違って命に関わるわけではないのですが、これからも化粧を続けてもらうために、化粧水、口紅、ファンデーションの在庫は切らさないようにしていきたいと思っています。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(79歳・要介護3)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442

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