3年ぶりの開催に沸く「長岡花火」が人々を魅了して止まぬ理由「花火に込められた鎮魂・平和への祈り」
コロナ感染拡大に伴い、今年も各地で夏祭り中止のニュースが相次ぐ中、新潟県長岡市は7月22日、「2022長岡まつり大花火大会」を、3年ぶりに8月2日(火)・3日(水)の両日、予定通り開催することをを正式に発表した。
この一報を受けて、SNSでは「英断だ」「長かった3年」「ありがとう!」といった声が続々と投稿され、大きな期待が高まっている。8月2日の模様はNHKBSプレミアムで生中継される予定で、今、最も話題の花火大会だろう。
長岡市出身のエッセイストで、著書に長岡花火伝説の花火師の生涯をたどったノンフィクション『白菊-shiragiku-伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』(小学館)がある山崎まゆみさんが、開催を目前にした長岡花火の魅力や見どころを解説する。
コロナ禍を経て長岡市悲願の開催
3年ぶりの開催・花火打ち上げを決めた経緯を長岡花火財団の事務局長・戸田幸正さんはこう語る。
「長年、『長岡まつり花火大会』は“日本一マナーのよい花火大会”を目標に開催し、これまでも評価をいただいてきました。今回も来場されるお客様、そして長岡市民の皆様のご理解とご協力のもと、全席有料席にすることで、誰がどこで観覧をしているかを把握できるようにして、開催を決めました」
これまで有料観覧席は2日間で11万人収容だった有料観覧席を、今年は16万人に増やした。どうしても密になりがちな無料観覧席を、今年は全て有料にしたことによる変化だ。
一般販売は、抽選で行われたが、その後、高額転売などが横行し、主催者側が注意喚起する事態になったことも記憶に新しい。
長岡花火がこれほどまでに注目される大きな催しとなった理由のひとつに、日本一長い河川・信濃川が打ち上げ会場であるという、地の利が挙げられる。広い河川敷と川幅を有する信濃川ゆえに大型花火の打ち上げが可能になった。信濃川を挟み右岸、左岸と観覧席を分け、整然と指定観覧席を設けることで、花火の観覧者の位置を把握できるのだ。
地の利だけが開催決定の理由ではない。長岡市民には、この花火大会をどうしても開催したという強い思いがある
「もともと、長岡の花火大会はただのお祭りではないんです。長岡大空襲における戦没者に対する慰霊と鎮魂、平和への祈りの思いを込め、打ち上げられる花火なのです。3年間も、この意味を伝えられないのは耐えられないことでした」(長岡花火財団事務局長・戸田さん)
山下清も愛した長岡花火――縁の人々の思い
長岡の花火大会を語る上では、開催の歴史に触れぬわけにはいかない。
第2次世界大戦の終盤となる昭和20年8月1日10時半――。長岡は空襲により、市街地の約80%が焼け野原となり、1480余名もの尊い命が奪われた。この戦禍を経て、戦争で中止していた花火を昭和21年に「長岡復興祭」として、翌昭和22年には「花火大会」として再開させたのが現在の「長岡まつり大花火大会」のルーツだ。
長岡空襲の体験を語り継いでこられ、昨年この世を去った金子登美さん(享年87)は、昭和22年、あの日の花火を見上げた時の思いを、かつてこう語ってくださった。
「ど~んと花火が打ち上がった時に、あ~、これで戦争が終わったんだな、戦争のない平和になる音なんだな」
ただ当時、再開に猛反対する声も上がっていたという。「光と音の炸裂が空襲を思い起こさせる」と言われたのだ。
先祖を長岡藩士にもつ戦史研究家で作家の故・半藤一利さんも、少し離れた疎開先で長岡空襲を見ていた1人だ。
「花火は空襲に似ているから、僕は長岡花火を見られない」
と、私に本音を話してくださったことがあった。
こういった意見の一方で、放浪の画家として知られる山下清さんが長岡花火を版画作品にして、
「みんなが
爆弾なんかつくらないで
きれいな花火ばかり
つくっていたら
きっと戦争なんて
起きなかったんだな」
と、メッセージを残したことは有名だ。
慰霊と鎮魂、平和への祈りの花火
毎年、「長岡まつり大花火大会」は曜日には関係なく、決まって8月2日と3日の両日に打ち上がるのは、こうした長岡の歴史を風化させないという思いがあるからなのだ。
そして、花火大会前日の8月1日午後10時30分には、慰霊と鎮魂の花火が3発打ち上がる。白一色の尺玉で、玉名は「白菊」。
「どん、ひゅうぅぅ、ば~ん」
花火玉が上がる音が鳴り、玉が破裂する音とともに白い花弁が飛び出し、広がり、尾を引く。夜空に一輪の白い菊の花が咲く。絢爛なスターマインと比べると、それはあまりにもシンプルだが、楚々とした祈りの白い花は観る者の胸に訴えかけてくる。
金子さんは晩年、こう語っていた。
「花を1本添える気持ちを花火にしたのが『白菊』ですよね。8月1日に花火の音が聞こえたら、そっと手を合わせて欲しい。子供たちが、なぜこんな白い花火が打ち上がるかと聞いてきたら、それにきちんと答えられる長岡市民であって欲しい」
今年の長岡花火のテーマと見どころと「フェニックス」
3年ぶりの開催となる今年のテーマは「みんなで上げよう」だ。
ポスターには花火ではなく、観覧者が今か今かと打ち上げを待ちわびている様子の写真を使った。
「今年こそ、あの会場で花火を観たいというみんなの思いを形にしました。花火は花火師だけが上げるのではなく、お客様、スポンサーとなる企業などみんなで思いをひとつにして上げますからね」(長岡花火財団事務局長・戸田さん)
私は長岡市で生まれ育った。子供の頃から一年で一番楽しみな日が花火の日だ。そして一年で一番暑いのもこの日。その灼熱も、花火が開始する頃には信濃川からの川風で少し和らぐ。
2日、3日とも、まず冒頭に『「慰霊と平和への祈り」10号3発』が上げられる。そして、いよいよ大花火大会が始まるのだ。会場に響き渡る「打ち上げ、開始でございます」というアナウンスと同時に、煌めく花火が夜空を覆い尽くす。火薬の残り香が観覧席に届き、夏の夜の空気と交じりあって、鼻孔がむず痒くなる。残り香が消えないうちに、また打ち上がる。
もう一つ、長岡花火が世に広く知られるきっかけにもなった花火がある。「復興祈願花火フェニックス」だ。これにも強く大きな思いが込められているのだ。
2004年に起きた中越地震からの復興のシンボルとなった花火で、平原綾香さんが歌う「Jupiter」にのせた約3分間のスペクタクルなスターマイン。打ち上げのクライマックスで黄金の枝垂れ柳の中に、輝くフェニックスが舞うと、会場が大歓声でどよめき、目頭と胸が熱くなる。
「正三尺玉」と「ナイアガラ」の共演も長岡花火の見どころだ。直径90㎝、重さ300キロの巨大な花火玉である「正三尺玉」が天高く打ち上げられ、夜空に直径650mもの大輪の花を咲かせる。爆音は体の芯まで響き、微風で顔の産毛が揺れる。「ナイアガラ」は信濃川にかかる長生橋からすだれのように、火が川に注ぐ仕掛け花火だ。
3日に打ち上げが予定されている『この空の花』と題したプログラムはは故・大林宣彦監督が長岡花火をモチーフにした同題の映画が由来だ。作曲家の久石譲さんによるこの映画のテーマ曲と共に、パステルカラーの可憐な花火が空一面を彩る。
終盤の見どころ「米百俵花火・尺玉100連発」は、シンガーソングライターの沢田知可子さんが歌う「空を見上げてごらん」に合わせてゆったりとしたテンポで尺玉が、題名通り100発連続で上がり圧巻。2004年の中越地震から長岡へ支援を続ける沢田さんの優しい歌声が包み込んでくれる。
今年、長岡花火が再開すること、長岡市民にとっては万感の思いであるだろう。そして、その思いは市民のみなず長岡花火ファンにとっても私にとっても同じだ。
長岡、花火以外の楽しみ方
さて、最後に花火にちなんだ長岡市の楽しみ方もお伝えしたい。
長岡花火は、プログラムひとつひとつに企業などのスポンサーが付いていて、花火が打ち上がる前に必ずスポンサー名がアナウンスされる。いずれも長岡を代表する企業の面々だ。酒処の長岡らしく、銘酒「吉乃川」を手がける吉乃川と、「久保田」で広く知られる朝日山も名を連ねる。
なかでも注目して欲しいのは、8月3日の「正三尺玉3連発」のスポンサー「原信(はらしん)」だ。長岡市民の生活を支えるスーパーマーケットで、ソウルフードである「長岡赤飯」やこの時期の長岡の夏の食卓には欠かせない茄子漬けや枝豆が販売されているから、花火大会当日に立ち寄り、観覧のお供にいかがだろう。
また8月2日には、夜空を白一色に染める「超ミラクルスターマイン」がワタナベクリーニングの提供で上げる。全ての汚れを洗い流すクリーニング店らしく、眩しいばかりの白銀のスターマインで、必見だ。
文/山崎まゆみ
エッセイスト。跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)。温泉、バリアフリーに関する著述が多数。新潟県長岡市出身で、市の魅力やイメージアップにつながる活動を担う「越後長岡応援団」の1人。著書に、シベリアに抑留された経験をもつ花火師・嘉瀬誠次の評伝『白菊-shiragiku-伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』(小学館)、『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)などがある。