連載

85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第29回 甘えは怖い】

 ジャーナリストの矢崎泰久さんは現在85才。自ら望み、家族との同居をやめ、あえて一人で暮らしている。

 才能溢れる文化人、著名人などを次々と起用し、旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』の編集長を30年にわたり務め、テレビや舞台などでもプロデューサーとして手腕を発揮した伝説の人だ。

 今なお世に問題を提起し続けている矢崎氏に、歳を重ね、思うこと、人生観などを、シリーズで寄稿していただく。

 今回のテーマは「甘えは怖い」。他人に頼らず一人で暮らす矢崎氏が語る人生の極意とは?

 * * *

人生の罠は、便利に甘えること

 自分でやれることは、絶対に自分でやる。

 これこそが、老いたる者の大切な覚悟だと思っている。

 掃除、洗濯、炊事といった日常は、のべつ心がけていないと、面倒になるばかりだし、たちまち身辺が汚れる。つまり、絶対に溜めてはいけない。

 一人暮らしの要点と言えることは、直ぐやることだ。後回しにしない。頼る者は誰もいないのだから、全部自分で背負っていると日常から言い聞かせて生きることが基本である。

 前にも書いたと思うが、「便利は復讐する」という言葉を、私は座右の銘としている。人は、つい便利という習性に甘えてしまう。これが実は人生にとって大きな罠なのだ。

 一例を挙げれば、電化製品を日頃使っていると、停電という事故に出合うと非常に脆い。災害の時には電源ばかりか、もっと大きな被害を受けることがある。何もできなくなる人が、圧倒的に多い。つまり、たちまち便利に復讐されてしまうのである。

 何から何まで妻任せにしていると、彼女が突然居なくなった場合は、日常生活すらままならないと言う男性が少なくない。それどころか、大失敗すら起こしかねない。

 頼り切っていて自立していないから、うろたえる。これも便利に復讐されている証拠なのだ。

 電車やバスに乗ると、優先席というシートがあって、体が不自由な人、妊婦、老人などが特別に座れるようになっている。ところが、若者や普通の中年元気が腰を下ろして、スマホに熱中しているのが日本の現状だ。もちろん、稀であっても席を譲る若者がいないわけでもない。

 その時、断る老人や妊婦が少なくない。これは譲った相手にとって、実はとても失礼な態度と言える。

「ありがとう」と言って、素直にそれを受け入れるのが譲られた側の誠意でもあり常識でもある。相手は意を決して、席を立つ場合が多いのだ。厚意は受け取る習慣を大事にするのも大切だが、譲ってくれないからと言って、いかにも不満げな顔をしたり、文句を言ったりするのも醜いと知るべきである。そもそも他人に何かを期待するのは間違っている。

 ここは、日本という悪い政治家がまるで責任を取らない最低な国だということも同時に忘れてはなるまい。

 アメリカやヨーロッパでは、乗り物で優先席などほとんど見かけないが、若者や男性が座席に着くことは、まずあり得ない。文化度が違うのである。

 譲られることを当然と思うのは、やはり便利に甘えている。それを肝に銘じるべきではないか。

しまったと思ったときには、もう嫌われる

 何事も他人にやってもらえると考えるのは、間違っている。障がいがあっても、老いさらばえていても、個人の尊厳を大切にしてこそ、生きている証しと言える。甘えが人間を退化させることを知らなくてはならない。甘えは怖いという現実を深く弁(わきま)える必要があると思う。

 甘えたり甘やかしたりは、特に珍しいことではないが、これが習慣になると危険だ。自分を甘やかすタイプの人間は堕落する可能性を常日頃から身に纏っている。

 失敗をしても、他人に迷惑をかけても、許されると思い込んでしまう。つまり、反省のカケラもない。

 それでなくても、知らずに甘えてしまうことが少なくない。しまったと思った時には、もう嫌われたり、軽んじられたりしている。それでも気付けばいいが、嫌な爺さん、婆さんに成り果てている場合が多々ある。

 そうなっては、もう取り返しはつかない。はっきり言ってしまうと誰からも相手にされなくなる。嫌われ者に成り果ててしまう。その原因は、自覚のない甘えによるものが多い。

 私が自分に課していることは、自己チェックである。自分勝手に振る舞っていないか。余計な言辞を弄(ろう)してはいないか。他人に迷惑をかけていないか。

 とにかく夜郎自大(自分の力量を過信すること)にだけはならないようにする。甘えは本当に怖い。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

 

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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この記事へのみんなのコメント

  • marina

    譲られる方にもマナーがある。その通りだな。 あと、何事も他人にやってもらうのは間違っている。ということを、この年の方がいうのは素敵だと思う。

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