連載

「梨の味噌汁!?」「油まみれの目玉焼き」認知症の母が作る料理に息子が感じた違和感

 岩手でひとり暮らしをする認知症の母を東京から遠距離介護をしている作家でブロガーの工藤広伸さん。かつて料理が得意だった母が、果物や野菜の名前を忘れてしまい、いつもの朝食の目玉焼きにも異変が…。

認知症の進行を強く感じた台所でのエピソード3つ

「えっ、ウソでしょ。こんな簡単なことも分からなくなったの?」

 決して声には出さなくとも、心の中でこうつぶやく瞬間が増えたのは、自分の想像を上回るペースで、母の認知症が進行しているからだと思います。

 特に母が料理をしているときに、自分の想像を超える言動が多くあります。その中から特に驚いたエピソードをご紹介します。

1.果物の中で1番好きな柿の名前が出てこない

 母が最も好きな果物は、柿です。本格的なシーズンになるといつも箱で買い、毎食後のデザートがすべて柿になるほど、柿に目がない母。

「わたしはね、柿さえあれば大丈夫」が口癖な母が、柿の皮をむきながら、わたしにこう言ったのです。

母「ねぇ、リンゴ食べる?」

わたし「リンゴ?」

 こう言われたとき、思わず果物カゴの前まで行って、あるはずのないリンゴの在庫を確認したほど、耳を疑いました。

 改めて母の手元を確認すると、持っていたのはオレンジ色の柿。果物カゴには柿が盛られていて、リンゴは1個もありません。あれほど大好きな柿を、リンゴと間違うとは!

 柿を完全に忘れてしまったのか、それともヒントを出したら思い出してくれるのか? 忘れて欲しくない思いから、こんなクイズを出してみました。

わたし「この果物、何か分かる? ヒントはね、桃栗3年、なに8年?」

母「柿8年でしょ。あら、これって柿だったかしらね」
 
 ことわざのヒントに即答する母に驚きつつ、また次の日に柿の皮をむいているときに、こんなクイズを出題してみました。

わたし「この果物は、“か”から始まる2文字の果物です。さて、何でしょう?」

母「か? か? うーん、何だろうね。か?」

 残念ながらこのヒントでは、答えが出てきません。おそらくことわざは、言葉の意味が分からなくても、音の響きというか、フレーズで覚えているから答えられるのではと思いました。

 こうしたクイズを何度か繰り返しながら、柿を思い出してくれるかもしれないと期待したのですが、残念ながら今では柿をリンゴというようになり、あんなに大好きだった柿ですら忘れてしまうのが認知症なのかと、ショックを受けました。

2.大根と梨の区別がつかない

 わが家では、認知症が進行しても母が料理を忘れないようにするため、レパートリーはある程度固定しています。朝食は6年以上同じメニューですし、味噌汁の具も、なめこと豆腐の日が多いです。

 その日はたまたま大根が余っていたので、久しぶりに大根の味噌汁を作ることにしました。認知症になる前の母なら、大根を黙って渡せば、短冊の形に切って、味噌汁の具として使ってくれました。

 ところが最近は切り方が分からなくなるようで、大した料理経験のないわたしに、味噌汁の具として、どういう切り方が正しいのか質問してきます。なので、スマホで切り方を調べて母に伝える日もあれば、わたしが具材を切ってしまう日もあります。

 この日は、わたしが大根を短冊切りにして近くに味噌と煮干しを置き、あとは鍋に水を入れて、味噌を溶くだけの状態にしておきました。

 母を台所に呼び、味噌汁を作る様子を後ろから眺めていたのですが、突然振り返ってわたしにこう言ったのです。

母「これ、梨の味噌汁を作ればいいの?」

わたし「えっ、梨ってどこにあるの?」

 一瞬、母が何を言っているのか理解できなかったのですが、確かに大根の皮をむいた状態と、梨の皮をむいたあとの状態は似ています。しかし、味噌汁の具として梨は聞いたことがないし、梨の味噌汁という言葉の違和感に気づけないことに驚いたのです。

3.油にまみれた目玉焼き

 固定している朝食のメニューは、目玉焼き、もやし炒め、食パンです。簡単なメニューなので、朝食だけは母ひとりの力で作ることができます。

 この日の朝食も、いつもと同じもやし炒めと目玉焼きでしたが、目玉焼きにしょうゆをかけて、箸で持ち上げて口に運ぼうとしたとき、ある異変に気づきました。なぜかお皿に、油がベットリと残っていたのです。


 わが家では目玉焼きを焼くとき、フライパンにサラダ油を引きます。焼いたあとに、油はそれほど残らないはずですが、なぜか皿は油だらけ。理由を探るべく、次の日からわたしは母の朝食に立ち会うことになりました。

 母の料理手順を見てすぐに、理由が分かりました。明らかにサラダ油の量が多く、8枚分の目玉焼きを焼くかのような量だったのです。さらに、目玉焼きを焼き終わった直後に、もやしを炒めるための油を追加していたのです。

 この日を境に、わたしは朝食のサポートもするようになり、すべての料理を見守らないといけない状態になってしまいました。

 母の認知症が進行したと感じる瞬間は、これまで何度も経験してきました。しかし、今まで感じていた少しの違和感ではなく、ハッキリと分かる違和感が増えているように思います。

 それでもできること、できないことを見極めながら、母には台所に立ち続けて欲しいと願っています。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)。音声配信メディア『Voicy(ボイシー)』にて初の“介護”チャンネルとなる「ちょっと気になる?介護のラジオ」(https://voicy.jp/channel/1442)を発信中。

●認知症の母が午後2時に焼いた”朝ご飯”の目玉焼き…息子がとった行動は?

●認知症の母と食べるお餅とカップうどんの絶妙な昼食の話

●認知症の母が作る謎の料理「ゴールドブルー風」に衝撃を受けた話

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