感動止まぬ『TOKYO MER』は随所に“日曜劇場らしさ”が 現実世界でのドラマの真髄
TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。前回に続き、先日最終回を迎えた『TOKYO MER~走る緊急救命室~』に注目します。東京オリンピック・パラリンピック開催中も高視聴率を保ち、主人公のMERのチーフドクター・喜多見(鈴木亮平)の意外な経歴、最終回直前の主要人物の悲しい死と話題をさらう中、放映日前日がアメリカ同時多発テロ事件から20年めの「9.11」であったこととも、見事に響き合わせたドラマの結末を、日曜劇場研究家・近藤正高がじっくり振り返ります。
「命を最優先する政治を行います」都知事の言葉で動きだす
日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』が9月12日に最終回を迎えた。最終回の世帯平均視聴率は19.5%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と、20%の大台にこそ乗らなかったが、番組最高の数字を記録したという。全話を通しての平均視聴率は13.6%と、放送期間が東京五輪と重なったにもかかわらず健闘し、本作と同じく鈴木亮平が出演した昨年1月期の日曜劇場『テセウスの船』の13.4%をわずかとはいえ上回った。
最終回の冒頭、主人公でMERのチーフドクターの喜多見(鈴木亮平)は、前話において妹の涼香(佐藤栞里)の命をテロにより奪われ、すっかりMERへの情熱を失っていた。そもそもの原因は、MER設置の前年、海外滞在中にテロリストの椿(城田優)の命を助けたことにあった。椿は喜多見に「自分を助けたことを後悔させる」と予告し、帰国するとその言葉どおり、東京都内でテロをあいついで起こす。涼香の死はそのさなかでのことだった。
すでに喜多見がテロリストと接触していたことは、世間の知るところになっていた。話に尾ひれがついて、喜多見自身がテロリストだという噂も広まり、以前より厚労大臣の白金(渡辺真起子)や与党幹事長の天沼(桂文珍)から目の敵にされていたMERは存続の危機に陥る。大臣も出席した厚労省の最終審査会では、同省からMERに出向していた医系技官の音羽(賀来賢人)の必死の訴えもむなしく、MERの廃止が決まった。
ちょうど時を同じくして、喜多見本人を死に追いやりたい椿が、彼をおびき出すべく同時多発テロにおよんだ。しかし、傷心の喜多見は出動しようとしない。MERはチーフを欠いたまま現場に出動するも、廃止が決まったため、厚労省の官僚たちに医療活動を止められてしまう。それを覆してゴーサインを出したのは、誰あろう白金大臣だった。
白金が心変わりしたのは、審査会のあとで病院に見舞った都知事の赤塚(石田ゆり子)から、かつて自分が国会議員に立候補したときの「命を最優先する政治を行います」という言葉を聞かされたからだ。死の淵に立たされながらその境遇を利用してまで自らの理想を訴える赤塚の執念には、宿敵とはいえ、白金も折れざるをえなかった。
喜多見もまた、元妻で循環器外科医(赤塚の担当医でもある)の高輪(仲里依紗)から叱咤とともに、現場でのMERのメンバーたちの声を聞かされ、ようやく我に返った。こうして現場に駆けつけると、ピンチに陥っていた音羽に手を貸し、一緒になって患者を救い出す。こうして今回のテロでは死者を1人も出さずに、MERは任務を終えることができたのである。
命を救えてよかった
驚いたのは、このあとのシーンである。何としてでも喜多見を後悔させてやりたい椿は、さらなる無差別テロを引き起こそうとするが、寸でのところで、ひそかに待機していた警察に狙撃される。しかし、そこへ駆けつけた喜多見は、このときも椿の命を助けるべく動いたのだ。これには、彼の「目の前にいる人の命を救うことこそ医者の使命」という信条を理解していたつもりだったMERのメンバーも動揺する。それでも理想を貫こうとするリーダーの姿を前にしては、手を貸さないわけにはいかなかった。どうにか手術を終え、椿の一命をとりとめたとき、「こんなことに意味があるんでしょうか」とつぶやいた音羽に、喜多見はこう返した。
「わかりません。……でも、命を救えてよかったと、いまは思っています」
この一言に、喜多見という人間のすべてが表れていたといえる。たとえ、最愛の人の命を奪い、彼を追い込むためになおも多くの人を殺そうとした相手であっても、生命の危機に瀕したときには最善を尽くす。こうした寛容な態度こそ、いまの世界に一番求められるものではないだろうか。ちょうど最終回の前日の9月11日には、アメリカの同時多発テロ事件から20周年を迎えたタイミングだっただけに、より強く、そんなことを考えさせられた。
思えば、椿が政府を脅迫するにあたり、ある大学の設置認可にあたって与党幹事長が学校側から裏金を受け取っていたというスキャンダルを取引材料にしていたことといい、『TOKYO MER』では折に触れて現実の社会や政治の問題を反映していた。それでも全体を通しては緊迫したシーンの連続でハラハラドキドキさせたり、政治家や官僚が陰謀を巡らせるさまもけれん味たっぷりに描いてみせたりと、エンターテインメントに徹していたことこそ、このドラマの真髄であったように思う。
“日曜劇場らしさ”というべき
その分、見ていて「おや?」と思った場面もなかったわけではない。たとえば、MERのメンバーが全員で危険な現場に入っていくシーンでは、リスク分散のため、何人かは外に残ったほうがいいのではないかと思ったりもした。「白金戦争」と名づけられた女性政治家どうしの対立も、最終回での2人の共演場面において物語上ちゃんと意味があったとあきらかにされたとはいえ、当初はちょっと図式的すぎるのではないかと疑問も抱いた。
ただ、そういったところも含めて、“日曜劇場らしさ”というべきなのだろう。与党の権力者である天沼のキャラクターも、いかにも悪者という感じで、わかりやすい役どころだったが、この役に落語家の桂文珍を起用したのがまた日曜劇場らしい。それというのも、日曜劇場ではこれまでにも、笑福亭鶴瓶(『華麗なる一族』『99.9―刑事専門弁護士―』)、桂文枝(『小さな巨人』)、春風亭昇太(同)、立川談春(『下町ロケット』)、桂雀々(『陸王』)など、落語家がたびたび出演しては、それぞれ印象に残る活躍を見せていたからだ。笑いをなりわいとしている彼らだが、大半が悪役というのも面白い。
コロナ禍により、自宅でドラマ(配信や再放送を含め)を楽しむ人も増えるなかで、日曜劇場はこの1年あまり、『テセウスの船』『半沢直樹』『天国と地獄~サイコな2人~』『ドラゴン桜』、そして今回の『TOKYO MER』と話題作を次々と送り出してきた。同枠の好調は、テレビドラマの役割というものを考える上で格好の材料になりそうである。
10月10日からは新たに小栗旬主演で『日本沈没―希望のひと―』の放送がスタートする。原作は言わずと知れた小松左京のベストセラー小説(発表は1973年)であり、過去にもたびたび映像化もされてきたが、今回は装いも新たに現代のドラマとして描かれるという。『TOKYO MER』以上にメッセージ性の強いものとなりそうだが、現実に世界的に大きな危機に直面するいま、どんなふうに視聴者に受けとめられるのか、いまから気になるところだ。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。