「シモの世話」問題をITで改革 畑違いの学者が目指す介護の形
親の介護、パートナーの介護に直面した時、“シモの世話”は、介護する側にとっても、される側にとっても高いハードルになる。
そんな中、「ITで施設入居者25%のおむつを外した」ニュースが注目を集めている。手がけたのは物理学者。まったくの“畑違い”から、介護の仕事に携わったからこそ辿り着いた“介護改革”とは。
社会福祉法人「福智会」(福岡県)で特別顧問を務める吉岡由宇さん(35才)。いくつもの介護施設から「うちでも導入したい」と声があがるアプリソフト「Notice」(ノーティス)の開発者として、今、業界で注目されている。
ノーティスは、介護利用者のあらゆる記録を一元化し、チャートで図式化。期待できる効果は、おむつが外れるだけでなく、たとえば、脱水症状による発熱や、誤嚥性肺炎の防止、自力での排泄などさまざま。施設入居者の25%の人のおむつが外れたという。
介護を知らない“マスオさん”だからわかったこと
兵庫県出身の吉岡さんは、大阪大学で理論物理を学び、リニアモーターカーなどで使用される超伝導について研究。縁もゆかりもない介護業界への転身は、結婚がきっかけだった。
「妻の実家は、祖父母の代から福祉の仕事をしていて、妻自身も“必ず実家に戻って親の仕事を継ぐ”と決めていました。妻と結婚するということは、すなわち研究職を離れるということ。福祉の仕事は全く学んだことのない分野で興味もあり、結婚を決めました」(吉岡さん、以下「」内同)
介護を「胸を張れる、憧れの」仕事にしたい
福智会は、妻の祖父が理事長、両親がそれぞれ施設長と事務長に就いており、吉岡さんは完全な“マスオさん”。その吉岡さんが、いざ介護の現場を目の当たりにして思ったことは、“キツい、ツラい、非効率”だった──。
「あれもこれもと多くのことを求められるのに、同じくらいしてはいけないこともある。ストレスがたまるのはもっともだと感じました。私は、介護士資格もなく、介護士と同じ仕事はできません。経営側からできることをと思った時に、こんなにも大変な仕事に就く人たちがもっと胸を張れ、憧れを持たれるようにしたい、と考えたんです」
そして始めたのが、自身の専門分野を生かしたノーティスの開発だった。
「同じようなシステムはすでに存在していましたが、非常に使いにくく、導入に多額の資金がかかる。何より記録を活用して利用者のかたの状態をよくするというシステムはありませんでした。誰にでも簡単に使えるものを作ろうと、妻や現場の介護士と何度も何度も話し合い、改良を重ねながら2年かけて完成させました。
現場からは、“スマホなんか使ったことない”という声もありましたが、使い始めると“便利”“利用者さんのことがよくわかるようになった”と言ってもらえるようになりました」
ノーティスは、すでに県外の10施設での導入事例があり、導入を検討している施設からの問い合わせは引きを切らないという。
在宅介護者が利用できるアプリにしたい
今後、市販されて在宅介護をしている人もアプリを利用できるようになれば、先が見えずツラく苦しい思いをしている人が多い介護も変わるかもしれない──。
「今は、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)を利用して、認知症のかたでも楽しみながら体を動かせるゲームの開発にも着手しています。最初は、施設に居ながらにして京都観光ができるゲームを考えたのですが、“恐竜が出てくるようなものがいい”と言われて(笑い)。高齢者だからこうだろうという決めつけはよくないなと実感しました。これからやっていきたいのは、介護、そして医療や保育の現場と、情報工学をつなぐことです。まだまだやりたいこと、できることはたくさんあります」
※女性セブン2018年7月12日号
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