「コントが始まる」にも影響か クドカン、三谷幸喜らの作品を生んだ市川森一の傑作考
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月鑑賞するのは市川森一脚本の名作『淋しいのはお前だけじゃない』。ドラマを愛するライター・大山くまおさんは、放送中の人気ドラマ『コントが始まる』(日本テレビ)との共通点を感じ、また、宮藤官九郎、三谷幸喜作品が影響を受けていることも確認。昭和と令和をつなぐ傑作ドラマの血筋をたどります。
『コントが始まる』と『タイガー&ドラゴン』
菅田将暉、有村架純主演のドラマ『コントが始まる』(脚本:金子茂樹)は、架空のコントグループ・マクベスがショートコントを演じて、それが本編のストーリーの伏線になっている。
これを観て思い出したのが、長瀬智也、岡田准一主演の『タイガー&ドラゴン』(05年)だった。ドラマの中で古典落語が演じられ、それが本編のストーリーの伏線になっている。笑うことを忘れたヤクザを演じる長瀬が、古典落語の物語性と笑い、落語家一門という疑似家族に救われる物語だった。落語の師匠役は借金を抱えた西田敏行である。長瀬、西田のコンビは同じく宮藤脚本の『俺の家の話』へと発展していく。
『タイガー&ドラゴン』が放映されたとき、多くのドラマファンが類似性を指摘した作品がある。それが82年に放送された『淋しいのはお前だけじゃない』だ。主演は西田敏行、脚本は市川森一。『タイガー&ドラゴン』はこのドラマの本歌取りとも言われていた。
『淋しいのがお前だけじゃない』が“親”なら『タイガー&ドラゴン』は“子ども”で『コントが始まる』は“孫”にあたるのかもしれない。
サラ金苦の人間が集まった大衆演劇一座
ドラマの冒頭、西田敏行らが大衆演劇の演目「一本刀土俵入り」を演じる。この物語がドラマの伏線となる。言うまでもなく『タイガー&ドラゴン』、『コントが始まる』と同じ構造である。これが毎回続いていく。
西田敏行演じる主人公は凄腕のサラ金取り立て人。妻の泉ピン子とともに大手業者の下請けのような仕事をする小さなサラ金を細々と営んでいた。
あるとき、大手業者の陰のオーナーでヤクザの財津一郎から2000万円もの大口の取り立てを命じられる。愛人の木の実ナナが、大衆演劇の旅役者と駆け落ちしたので、その代償として支払いを命じたのだ。この旅役者を演じるのが「下町の玉三郎」と呼ばれていた梅沢富美男である。
西田敏行は困窮していた幼い頃、女剣劇のスター・真屋順子にチョコレートをもらった大切な思い出があった。木の実ナナはその娘だというのだ。ここで「一本刀土俵入り」がかかわってくる。「一本刀~」は空腹にあえいでいた天涯孤独な主人公が、若い頃、親切にしてくれた女性への恩返しのために体を張る物語である。
西田敏行も木の実ナナらに恩返しをしようとする。彼女を座長とする一座を旗揚げし、2000万円の毎月の利子を返済するために公演しようというのだ。劇団員として招集されたのは、サラ金で借金を負って首が回らない河原崎長一郎、山本亘、矢崎滋、萬田久子、潮哲也という面々。彼らは一緒に芝居をつくり、大衆演劇という虚構に救われながら借金を返済していこうとする。
虚構の世界と物語の力が人を救う
西田敏行はホームドラマの名脇役から『西遊記』(78年)の猪八戒役を経て、『池中玄太80キロ』(80年)に主演して大ヒット。大河ドラマ『おんな太閤記』(81年)では豊臣秀吉役、さらに81年にリリースした「もしもピアノが弾けたなら」も大ヒットを記録するなど、まさに絶好調の時期。本作ではユーモアの成分を抑えめにしつつ、エネルギーと哀感をほとばしらせた堂々たる演技を見せていた。
梅沢富美男は大衆演劇のスターとして知る人ぞ知る存在だったが、このドラマで一気に知名度が上がり、同年にリリースした「夢芝居」が大ヒットしてお茶の間にも名前を轟かせた。今のジジイぶりからはまったく想像できない艶やかさである。
市川森一は、『ウルトラセブン』(66年)やメインライターを務めた『ウルトラマンA』(72年)を経て、萩原健一主演の『傷だらけの天使』(74年)で脚光を浴び、『淋しいのはお前だけじゃない』では第1回向田邦子賞を受賞した。
宮藤官九郎は「思わず唸ったドラマ3選」の筆頭として『淋しいのはお前だけじゃない』を挙げている。「いろんな人から『タイガー&ドラゴン』の元ネタじゃないかと言われているが…見ましたけどマネはしてないです!」とコメントしていた(「アポロン」13年7月3日)。
とはいえ、ドラマの構成もさることながら、借金を取り立てようとした主人公が虚構の世界のめりこみ、物語の力と家族的なコミュニティに救われていくという筋立てはまったく同じ。また、どちらの主人公も幼い頃に両親を亡くして孤独な少年時代をおくっている。
これぞオマージュである。なお、宮藤が脚本を書いた映画『ゼブラーマン』に登場する特撮ヒーローに憧れる主人公に「市川新市」という名をつけていた(成馬零一『キャラクタードラマの誕生』)。
『淋しいのはお前だけじゃない』のもうひとりの“子ども”
『淋しいのはお前だけじゃない』にはもうひとりの“子ども”がいる。それが三谷幸喜脚本の傑作ドラマ『王様のレストラン』(95年)である。三谷はこのように語っている。
「『王様のレストラン』は、市川森一さんのドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』(TBS)をやりたかったんですよ。単純に言うと『弱い人が集まってがんばる』という話」
「僕の中では西田さんの役が『王様…』では松本幸四郎さん、借金まみれの人たちが、フレンチレストラン『ベル・エキップ』で働いてるどうしようもない従業員という図式だった」
(『三谷幸喜 創作を語る』)
もともと三谷はドラマの脚本家としてやっていくつもりはあまりなく、自分が子どもの頃に観ていた作品を再生産するというモチベーションだけでドラマを作っていた。『古畑任三郎』(94年)が『刑事コロンボ』の再生産なら、『王様のレストラン』は『淋しいのはお前だけじゃない』の再生産である。小野武彦に出演を依頼したのも、彼が『淋しいのはお前だけじゃない』の重要なキャストだったからである。
『タイガー&ドラゴン』と『王様のレストラン』というドラマ界に燦然と輝く傑作を生み出したのが、『淋しいのはお前だけじゃない』ということになる。こんなマスターピースが今は配信サイトで手軽に観られるのだから便利な時代である。
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。