「認知症は早く見つけない方がいい」と老年精神医学医が語る理由
高齢者による車の事故、キレる老人、セクハラ──超高齢社会を迎えて近年、「困った老人」のニュースが増えつつある。報道の影響もあり、家族は身内の高齢者が何か問題を起こす前に、「危ないからやってはいけない」と規制してしまいがち。
ところが、次々に楽しみを奪われた高齢者は心身共に内にこもるようになり、脳も体も衰えて認知症のようになったり寝たきりの原因にもなると、『困った老人のトリセツ 』(宝島社)を上梓した老年精神医学の専門医・和田秀樹さんはいう。
今まで通りの生活を送る方が認知症の進行は遅くなる
高齢になると、認知症になる前に前頭葉の萎縮によって、意欲の低下や感情のブレーキがきかなくなる、判断力が低下する、元々の性格がより尖る──などの老化現象が現れてくるという。
すると、家族は焦って認知症に違いないと決めつけて治療を始めようとしてしまうが、和田さんは「日常生活に問題がないなら早期診断や早期治療は避け、今まで通りの日常を送る方がかえって認知症の進行は遅くなる」と、認知症は早く見つける方がいいとの説に一石を投じている。
「認知症の発見は、遅くなっても問題はないんです。認知症は治療をすれば進行を抑えられるので、早期発見が大切だといわれることもあります。確かに、治療に使われるアリセプトという薬には、働いていない脳を働いているかのような状態にする作用があるので役立つでしょう。ただ、早期診断や早期治療には大きなデメリットもあります。
今できていることを奪わない
いちばん悪いのは、認知症であることを家族が大きく受け止めすぎて、今できていることを奪ってしまうことです。これまで多くの患者を診てきて、認知症になっても自由に出歩いたり、農業や漁業などの仕事を続けていた人たちの認知症は進行せず、部屋などに閉じ込められて、今までしていた店番や留守番、孫の世話などもさせてもらえなくなった人たちは早く進行している。つまり、頭や体を使わないことが脳の老化を進ませるいちばん大きな原因と考えました。
まだ自分はボケていないと思っている人が、運転の認知度テストで引っかかって、病院で軽い認知症が始まっていると診断されるケースは多くありますが、そういう元々アクティブな人が、認知症と診断された途端に車の免許を取り上げられ、他にもいろいろな楽しみを奪われると、結果、気持ちが落ち込み、意欲を失って何もしなくなってしまう。ですので、慌てた診断はしない方がいいというのが私の考えです。人がいつまでも元気でいるためには、やりたいことをやり、行きたいところへ行くことが大切なのです」
認知症という診断を早く受けてしまうことで、家族から「何もできない人」「やらせちゃいけない人」と思われてしまう。これまでやっていた料理も、「危ないから」とやらせてもらえなくなってしまう場合が多いだろう。しかし、料理など毎日できることはなるべくするほうが脳の活性のためにはよいという。
認知症は、3つの特徴──「脳の老化が通常よりも速く進んだり、早い時期から始まる。「記憶障害」や「一定レベル以上の知能の低下」を伴う。「脳の機能低下が回復して元のレベルに戻ることがない」──を満たし、記憶障害や知能低下をもたらすほかの病気が見当たらない場合に認知症と診断される。
一方、日本よりも老年医療が進んでいるアメリカの精神医学会の最新の定義では、知能や記憶が多少低下していても、生活が自立していれば認知症ではないとされているのだという。
認知症よりも注意すべきは、高齢者のうつ病
認知症を早期発見することに神経質になるより、見落としてはいけないのは「高齢者のうつ病」、と和田さんはいう。日本は先進国の中で自殺率が高いのだが、実はその4割が高齢者というデータがある。70代くらいまでは認知症患者よりもうつ病患者の高齢者の方が多いという統計もあるにもかかわらず、うつ病は診断の時に見落とされがちな病気なのだという。
「認知症で自殺をすることはほぼありませんが、うつ病はとても苦しく、自殺しかねないほどつらい病気なのです。命に関わるだけに、しっかりと見極めてほしいのですが、残念ながら、日本では老人性のうつを診断して治療できる病院と医者が多くないのが現状です。せっかく病院へ行っても、うつ病を認知症と診断されてしまい、うつに関する治療が何もなされないケースはたくさんあるのです」
高齢者のうつ病では、物忘れが起こりやすく、着替えをはじめ、日常生活のさまざまなことをほとんどやらなくなることから、家族から認知症を発症したと誤解されていることが多いという。
「認知症の場合でも、初期段階では2割ほどの人がうつ状態になりますが、うつ病だった場合、薬で神経伝達物質を増やしてあげると記憶力も元のように戻るし、また着替えるようにもなって症状は改善します。ところが、認知症と決めつけてうつの治療をしなかったがために悪化してしまう危険があります。逆に、軽度の認知症が、うつになると中等度もしくは重度になってしまうことがある。そういう意味ではうつの治療も並行してやった方がいいのです」
また、物を盗られたと騒ぐ、毎日警察を呼んでしまう、配偶者が浮気していると思い込んでしまうなど「嫉妬妄想」的な認知症を患っている場合も、妄想の部分は薬である程度良くなるという。
「症状の進行が速いときや、妄想的になっていたり、気分の落ち込みが酷かったり、『死にたい』などと口にする場合には、早く精神科で診てもらうことが肝心です」
教えてくれた人
和田秀樹さん/精神科医。老年精神医学の専門医。著書に「困った老人のトリセツ」(宝島社)などがある。
取材・文/介護ポストセブン編集部
【関連記事】