兄がボケました~認知症と介護と老後と「第85回 後見人初回報告作成中」
認知症を患う兄の「成年後見人」になる申請手続きを始めてから数か月、ようやく裁判所から「審判書謄本」が届き、その申し立てが認められたライターのツガエマナミコさん。しかし、たくさんある提出しなければいけない書類に再び頭を悩ますこの頃・・・。近況を綴ってくれました。
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絶対に期限までに提出しなければいけない書類
裁判所から「審判書謄本」が届いたことを司法書士さまにご連絡すると、さっそく釘を刺されました。
「書類がたくさん入っていたと思います。期限までに提出しないとやっかいなことになるので、絶対に期限までに提出してください。脅しではありません。本当に大変なことになるので、それだけは守ってください」
司法書士さまの予想では後見人(わたくし)を補佐する「監督人」が付くと考えていたようですが、家庭裁判所からその選任はなかったので、わたくしが一人で書類を作成しなければならないことを司法書士さまはとても危惧していらっしゃいました。
「先生に書類を一度見ていただいたほうがいいでしょうか?」と伺うと「私はその立場にないのでそれはできません」とのこと。続けて「外部にはなるべく情報を出さない方がいいと思います」ともおっしゃいました。法的に他人の財産を守るということは、そういうことなのでございましょう。
さらに「ご親族の遺産相続にあたって、これから特別代理人を立てなければいけません」とのお話もありました。わたくしの理解では、兄とわたくしとは共に同じ遺産の相続人なので利益相反の関係にあり、その相続に関してだけは兄の後見人としての効力がないということ。要はわたくしが兄より遺産を多くもらおうとする可能性があるので、臨時の後見人を立てるのでございます。
特別代理人を立てる手続きは司法書士さまが引き受けてくださるそうですが、いちいち裁判所に許可をもらわなければならない面倒なシステムでございます。でも自分に有利に事を進める後見人がいるからこそ制定された決まりなのでございましょう。そう思うと世知辛い世の中だと思いますし、そこまで追い込まれていない身の上をありがたく思います。
さて、初回報告の内訳は「後見等事務報告書」「財産目録」「収支予定表」の3つでございます。
「後見等事務報告書」は本人(兄)の身体や生活の状況、後見事務の方針などについてを書きます。「財産目録」は文字通り預貯金や不動産、株、生命保険、あるいは負債額などであり、「収支予定表」はこの先1年間の収入と支出の予定でございます。
後見事務の方針では、どのように本人の意思を推定したか、その理由まで書かなければなりませんし、収支に関するものは当然ながら裏付けとなる領収書や請求書、通帳のコピーを添付しなければなりません。そして財産目録では、不動産の全部事項証明書(登記簿謄本)が必要ですし、分割未了の相続財産についても目録を作らなければなりません。
兄は年金生活者ですし、施設で寝たきりの認知症なので自分でお金を使いません。株や証券、借金もありませんからお金の流れはこれ以上ないほどシンプルなのですが、それでも添付資料を揃えるのは細かく、時間がかかることでございます。例えばこれが会社経営者などで収入や支出が多岐に渡っているとエライことでございます。
司法書士さまに発破をかけていただき、本当に良かったと思いました。書類が届いた段階で「大変だ、急がねば」と口では言っておりましたが、内心では「兄の財産や収支など大したものはないからそうでもないだろう」と甘く見てじっくり中身を確かめることもしておりませんでした。蓋を開けてみれば、わたくしの事務能力では相当頑張らないとできないことがわかり、司法書士さまのご心配が大げさではないことを理解いたしました。
一通り記入してみようと鉛筆で書き始めましたが、どう書けばいいのかわからないことが多く「保留」の付箋だらけ。己の未熟さを痛感しております。でもやり切るしかございません!
そんなことはまったく知らない兄に今週も会って参りました。
穏やかに過ごしており、その顔を見ているだけで癒されました。ただ、施設からの半期に一度の「栄養ケア計画書」では、食事が「粗きざみ」から「きざみ」へと変更になりました。あまり噛まずに飲み込んでしまうのかもしれません。誤嚥やむせ込みのリスクを回避するためでございましょう。
猛暑でも施設の中は快適な温度が保たれ、兄は長袖生活でございます。相変わらず指先は冷たく、こんなに冷たかったら指を動かすのもしんどいだろうと思うと同時に、自分の手の熱さとの対比で置かれた健康状態の違いを感じます。
「また来るね」と言ったわたくしに見せてくれた笑顔をお守りに、また1週間頑張ろうと思います。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性63才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
