認知症の母が自分の名前を書けない!衝撃を受けた息子を救った作業療法士さんの言葉
作家でブロガーの工藤広伸さんの母は、認知症を発症して約13年。認知症の進行とともにできなくなってくることが増えてきている。最近気がかりなのは、かつて筆まめだった母が、文字を忘れてしまったこと。自分の名前すら書けなくなった母の姿にショックを受けたのだが、作業療法士さんの言葉に救われたという。
執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(82才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。最新著『工藤さんが教える 遠距離介護73のヒント』。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/ Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442
筆まめだった母が文字を忘れていく…
認知症の代表的な症状のひとつに「失語」があります。物の名前が出てこなくなったり、「あれ」「それ」といった言葉が増えたり、話の途中で言葉に詰まったりするようになります。失語は会話だけでなく、読み書きにも現れます。
母の場合は、ひらがなは書けても漢字が思い出せなかったり、文字は読めても単語の意味が理解できなかったりするようになっていきました。こうした症状が、どのように進んでいったのかを振り返りたいと思います。
母はもともと筆まめな人で、上京して一人暮らしをしていた学生のわたしのもとに、達筆な字で書かれた年賀状や手紙がよく届いていました。ところが、少しずつ手紙が届かなくなりました。今思えば、それが認知症の始まりのサインだったのかもしれません。
認知症の症状がまだ軽かった頃は、健康診断の問診票に自分の名前や住所、電話番号、これまでの病歴などを母自身が書いていました。漢字や単語を忘れることはあっても、わたしがヒントを出せばどうにか最後まで書きあげることができました。
しかし症状が進むと、ヒントを出しても文字を書けなくなっていきました。そこで新聞に書いてある文字を指さして教えたり、わたしがお手本を書いてまねてもらったりするなどの工夫をするようになったのです。
認知症の症状に加え、母が抱える難病の影響で手の震えがあり、字も波打つようになりました。そのため、書類を書くのに時間がかかるようになり、筆まめだった母がペンを持つ機会はどんどん減っていきました。
とうとう名前の漢字も忘れてしまった
重度まで認知症が進行した今は、書類のほとんどをわたしが代筆するようになっています。母自身が文字を書く機会は減ってしまいましたが、それでも週に何度か、ヘルパーさんの訪問記録に名字を書いたり、訪問リハビリを受けた後にフルネームで名前を書いたり、サインをする機会があります。
しかし、肝心の自分の名前や漢字が思い出せません。「工藤」ではなく、母の旧姓である「高橋」が突然出てきたり、全部ひらがなで名前を書いたりして、混乱が見られるようになりました。
わたしが帰省しているときは、名前を漢字で書いたお手本を母の近くに置いておくと、それを見ながら何とか名前を書けていたので、頑張るよう励ましていました。やがて、お手本を見ても字が書けなくなり、最近では自分が書いた前回の署名に似せたような、文字とも呼べないサインを書くようになったのです。
2026年1月、訪問リハビリを受けた後に母が自筆で書いたサインがあります。母の本名は公表していないためお伝えできませんが、漢字にすると4文字です。
サインの中には、名字の1文字目は「工」ですが「小」に見える漢字があります。母の名前に「小」の文字はありませんし、名前と全く関係ない「犬」という漢字に見えるものもあります。母がなぜこのような文字を書いたのかを考えてみましたが、全くわかりません。
自分の名前が書けなくなった母を初めて見たときは、正直ショックを受けました。「とうとうここまで認知症が進んでしまったのか、と。
漢字が書けない母に作業療法士さんが言った言葉
名前の漢字を忘れてしまった母の様子に戸惑いながらも、少しずつ慣れていきました。そんなある日、訪問リハビリに訪れた作業療法士さんの見方がとても面白く、わたしもその考え方を取り入れるようになってから、気持ちがラクになったのです。
作業療法士さんはおそらく母に正しい漢字を書いてもらおうと思っているわけではないようです。それよりも母が書いたサインについて、作業療法士さんが着目しているのは、次の2点です。
・母が書いた文字らしきサインが、枠の中に収まっているかどうか
・手の震えがあっても、ペンを持って字が書けるかどうか
母は手の震えと格闘しながらも、サインをきちんと枠内に収められています。枠の大きさを目で認識できているからこそ収められているわけで、目はしっかり見えているし、ペンを持つ手もコントロールできているということです。
認知症介護において大切な考え方
ものは考えよう。名前は書けなくなっても、ペンを持ってサインができる。単語になっていなくても、枠内にきちんと字のようなものが書ける。できないことに絶望するのではなく、できることに着目して希望を見出す。認知症介護において大切な考え方だと、改めて気づかされました。
ほとんどは何を書いているかわからないのですが、たまに「工藤」のような字を書く日もあります。母は完全に名前を忘れたわけではなく、脳の奥底にある単語をうまく引き出せないでいるのだと思います。
そんな状態なので、「工藤」に近い文字が書けただけで感動します。思わず「すごい!」「よく書けた!」なんて、母に声を掛けているのですが、自分の名前くらいちゃんと書けていると信じて疑わない母からすれば、「息子は何を言っているのだろう」と不思議に思っているかもしれません。
今日もしれっと、しれっと。
