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倉田真由美さん「ママチャリの悲劇」くらたまね~&らいふVol.15

 倉田真由美さんが大切に乗り続けてきた愛車、水色のママチャリには特別な思いがある。15年以上前に購入し、そろそろガタがきているものの、まだまだ乗り続けるつもりだったが、思わぬ事態に――。

執筆・イラスト/倉田真由美さん

漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。夫の叶井俊太郎さん(享年56)の闘病から看取りまでを綴った書籍『夫が「家で死ぬ」と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』も話題に。

ママチャリのこと

 私の自転車、15年以上乗り続けたママチャリ。

 15年くらい前というのはもう3年ほど前から言っていて、正確には17、8年前に買ったのだと思うんですが、いつだったかはっきり覚えていないんですよね。ただ、当時のママチャリとしてはグレードの高いものだった、ということだけははっきり記憶しています。 

 一昨年、駅近くの駐輪場に置いてから隣の自転車に変な押され方でもしたのか漕ぐとギイギイ音がするようになってしまったけど、私としてはまだまだ乗るつもりでした。軽くて乗りやすい、見た目ボロいから鍵をかけ忘れても盗まれない、最高の自転車だから。

 しかし先日、やらかしてしまいました。

 ことの発端は、私が年甲斐もなく厚底サンダルを購入したことです。25歳の姪が履いているのを見て、「ハイヒールは足が痛くなって嫌だけど、これなら痛くならずにハイヒール気分を味わえて、いいかも」と思ってしまったんですよね。早速購入し、ある日これを履いて、颯爽と自転車に乗ろうとしたその時。

 ガシャーン!と、バランスを崩して自転車ごと転んでしまいました。路面が濡れていたことも関係していたかもしれませんが、主には厚底サンダルが原因だったと思います。54歳、厚底サンダルの悲劇…膝を擦りむき、右手首を少し捻ったくらいの軽傷ですみましたが、我が愛車はそうはいきませんでした。左側のプラスチックのペダル部分が割れ金属部分から外れかかり、うまく戻せなくなってしまいました。

 これでは、漕ぐのに支障が出ます。実際漕いでみると左側のペダルが飛び出ているため安定感がなく、特に左折する時に地面にペダルが擦れそうになり危険です。そして、今までしていたギイギイ音より、ギイ!ギイ!と悲鳴のような大きな音を立てるようになりました。

自転車屋さんへ

 これは、潮時なのかもしれない…。

 膝の痛みも忘れ、トボトボと自転車を引いていつもの自転車屋さんに行きました。

「すみません、ペダルが壊れてしまいました…」

 店主は一目見て、「ああ、これは派手に壊れたね」と言いました。

「やっぱりもう、新しいのを買うタイミングなんでしょうか」

「そうだね。お客さんが決めることだけど、もういろいろガタがきているし、お金をかけて直すより新しいのを買ったほうがいいだろうね」

 信頼している自転車屋さん、今回ばかりはその言葉に従うことにしました。

「新しいのを買います。これに似たのが欲しいです」

 私が言うと、店主はカタログを持ってきて、「同じメーカーだと、この辺りだね」と、ページを開いて見せてくれました。スペックによってばらつきがありますが、5、6万円台の価格帯です。

「私が買った時は、半額くらいでしたよ」

「そうだね。昔は『100ドル自転車』なんていってね、円高だったし1万円以下の自転車も普通だったけどね。このくらいのグレードでも、もっとずっと安かったよね」

 店主と、「この機能いりますか」「いや、いらないんじゃないですか」などとやりとりしながら、6万円ちょっとの自転車を選びました。色は、今まで乗ってきた愛車に一番近い、ライトブルーです。

「これにします」

「はい、じゃあ注文しておきます。2、3日後には届くと思いますよ。届いたら連絡しますね」

 この日は注文だけして、愛車は連れて帰りました。

愛車の思い出が蘇り…

 私の場合、自転車がない生活はかなり不便です。うちは駅からあまり近くないので、電車移動の時の行き帰りは自転車があるとないでは全然違います。
 
 夫がステント交換手術などで入院していた病院にも、愛車で通いました。公共交通機関だとバスで行くのが一番早いんですが、それよりも自転車の方が時間に融通がきくので便利でした。行きがけに上り坂があって少々きつかったですが、途中にあるケーキ屋やパン屋や八百屋が気に入っていたので、辛いだけの道のりではなかったです。

 思い出せば思い出すほど自転車とのいろんな思い出が蘇ってきて、3日後に「注文していた自転車届きましたよ」と言う連絡があった時は、喜びだけではない、「ついに来たか」と複雑な思いがしました。

 愛車と共に自転車屋に行き、新しい自転車と交換してもらいます。店先に置かれた我が愛車は他の新品たちに比べて遥かにボロかったですが、私に訴えてくる何かがありました。若いころの自分が知ったら「え、モノはモノでしょ」と驚いたような気がします。歳を重ねて、感傷的な人間になってきました。

 私が愛車の前でしんみりしていると、

「そういうお客さんは結構いますよ」

 と、店主が声をかけてきました。

「引き取った古い自転車が酒臭いことがあってね。何かと思って聞いたら、酒をかけたんだって。長く乗った自転車に、感謝に振る舞い酒だね」

 やっぱり、愛用した自転車には殊更の愛着を覚える人がいるみたいです。

 新しい自転車のサドルの高さなど微調整をしてもらい、精算を終えて帰途につきました。ハンドルやサドルの高さなど先代に極力合わせてもらいましたが、乗り心地はやっぱり違います。音はしないしペダルを漕ぐ抵抗は軽いですが、自転車そのものは少し重い。どうしてもまだ、「前の方が…」と思ってしまいます。

 でもきっと、いずれ慣れるんでしょうね。早く慣れたい、この新しい自転車に対しても愛着が生まれて欲しいものです。

倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」1話から読む

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