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暮らし

認知症グループホームで暮らす80代女性の《帰宅願望》に困った職員が「家には帰れない」本当の理由を伝えたら驚きの言葉が返ってきた

 認知症グループホームで働く作家で介護職員の畑江ちか子さん。「家に帰りたい」と繰り返し訴える女性入居者さんへの対応に悩んでいた。娘さんに「家はリフォーム中だから帰れない」と伝えて欲しいと言われ、入居者とご家族の間で揺れる日々。入居者の帰宅願望にどう対処するのが正解なのか――。

執筆者/作家・畑江ちか子さん

1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。

※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。

家にはいつ帰れるの?

「お姉さん、今ちょっといいかしら?」

 キターーー北島さんに声をかけられると、私はいつもこんなふうに身構えます。

「どうしましたか?」

 私が職員用の丸椅子を持ってきて腰かけるなり、北島さんは大きく息を吸い込み、話し始めます。

「私はどうしてここにいるんだろう? 家にはいつ帰れるんだろう?」

 北島さんは耳が遠いため、私は耳元で、大きな声で返事をします。

「北島さんのお家は今リフォームしているので、工事が終わるまでここで過ごしていただくことになっています」

「ここで過ごすって、お金は誰が払ってくれているの? 私そんなにお金持ってないよ」

「お金は娘さんが払ってくれているので、心配いりませんよ」

「娘…そう、娘に連絡取れない? 一緒に家に帰りたいのよ」

「娘さんは今お仕事されているので、後で連絡してみますね」

「そう。それで、私はいつになったら家に帰れるの?」

「北島さんのお家は今リフォームしているので…」

 30分、長いときは1時間ほど、他の利用者の対応をしながら、私たちは北島さんの話を聞き続けます。時にはこうした時間が、昼、夕方、夜間と繰り返されることもあります。

娘さんが考えた「家に帰れない」シナリオ

 北島トミエさんは85才。入所から1年半ほど経ちますが、未だに強い「帰宅願望」をお持ちです。

 帰宅願望とは、文字通り「家に帰りたい」という訴えのことです。認知症の代表的な症状「見当識障害」「記憶障害」などの影響で起こる心理状態とされ、施設だけでなくご自宅にいても「帰りたい」と訴えるかたもいらっしゃいます。

 施設に入所されて間もなくは、環境の変化から多くの方に見られるものですが、日が経つにつれて訴えが落ち着いていくことが多いです。

「母が家に帰りたいと言ったら、『家はリフォーム中なので帰れない』と伝えてください」

 これは、入所時に娘さんからお願いされたことでした。

 お話を伺うと、ご自宅にとても愛着があるため、施設に入るという展開はご本人様も受け入れがたいのではないかということ。なので「もし家に帰ったとしても、中には入れない」という言い方をして、納得させてくださいということでした。

 帰宅願望に関しては、利用者それぞれの性格や生活歴から、その人に合った声かけや対応を模索してゆくものですが、ご家族様の要望は優先順位が高くなるため、私たちは娘様の案を採用し、対応を始めました。

 しかし、北村さんの帰宅願望は、落ち着くどころかさらにヒートアップしていったのです。

「リフォームリフォームって言ってるけど、いつになったら終わるの? どこの工事業者にお願いしてるの?」

「今から家の様子を見てくるから外に出してちょうだい」

 北島さんの口調は日に日に強くなっていき、最終的には「年寄りを騙して監禁してるのね」「私に死ねって言うのね」とまでおっしゃるようになってしまったのです。さらには、荷物をまとめ、すっかり帰り支度をされた状態で、リビングの出入り口に一晩中立っていることもありました。

 これは、対応を見直さなければならない――私たちは職員会議を開きました。

本当のことを伝えるべきか?

 会議で、私は「北島さんには、ここは介護施設であること含め、本当のことをお伝えしたほうがいい」と意見を出しました。その理由は、ある日の北島さんの言葉にありました。

「私はさ、住み慣れた家で介護を受けながら死んでいきたいんだ」

 ――こんな言葉を、傾聴中に聞いたことがあったのです。

 介護を受けることに抵抗はない、むしろ受けたいと思ってくださっているのであれば「介護が受けられる場所にいる」ということ自体は、大きな抵抗にならないのではないか、と考えたのです。職員は全員賛同してくれましたが、大きな問題は「家で介護を受けられない」ということを、どうお伝えするかでした。

 伝え方によっては、今後の施設生活にも影響が出るため、私たちは一度、この件を娘さんに相談することにしました。

「それでうまくいきますかねぇ…」

 娘さんは最初、難色を示しました。私たちよりも北島さんの性格をよくご存知な分、色々な考えが頭に浮かぶようでした。

「だったら、家はもう取り壊したってことにしますか!」

 超荒ワザな娘さんのご提案に言葉が詰まりつつも、私たちは北島さんの施設でのご様子を、時間をかけて説明しました。加えて、対応する職員がいつも同じではないため、シナリオにない突っ込んだ質問をされると、つじつまを合わせるのに限界がある、ということもお伝えしました。

 そして「わかりました。では、施設さんにご対応をお任せします」とお返事をいただけたのです。

真実をお伝えした北島さんの反応は?

「お姉さん、今ちょっといいかしら?」

 キターーー娘さんと話し合ってから初めての呼びかけに、私はいつも以上に身構えました。

「北島さん、どうしましたか?」

「家にはいつ帰れるんだろう?」

 吉と出るか凶と出るか――私は北島さんの耳元に顔を近づけました。

「ここは介護施設です。北島さんがお一人で生活されるのが大変だということで、入居していただいています」

「かいご、しせつ…介護施設!」

 北島さんは、目を丸くして私を見ました。まずい、混乱させてしまったか!? そう思った矢先、彼女の口から予想もしなかった言葉が飛び出したのです。

「なーんだ、そっか! じゃあ、これからも食事の支度やらなにやら、面倒見てくれるってわけね」

 あまりにも朗らかな声に、私はいささか拍子抜けしてしまいました。

「最初からそう言ってくれればよかったのに。突然連れて来られたから、何が何だかわからないままだったのよね」

「本当は、お家にいたかったんですよね」

「まあね…けど、そうもいかない事情があるんでしょ。それなら、きちんと説明をしてほしかったわ」

 介護の現場では、しばしば「本当のことを伝えるのはよくない」といわれますが、北島さんにとってはその限りではなかったようです。

 この対応に切り替えてからも、北島さんの帰宅願望はしばしば聞かれます。しかし、以前のようにヒートアップしてしまうことは格段に減りました。

 娘さんは「えーっ、そんなにすんなり受け入れてくれました!?」と驚いていましたが、私は「関係性が近すぎるが故に、見落としてしまう相手の感情」もあるのだなと知りました。

「住み慣れた家」とは程遠いけれど、これから北島さんにどう毎日を楽しんでいただくか――これが、次の課題です。

畑江のつぶやき

畑江のつぶやき

相手のことを想って「噓」をつくより「真実」をお伝えして日々を楽しく過ごしていただけたら…

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