《老老介護の末102歳母親を娘が殺害した悲劇》自宅介護を経験した68歳ライターが振り返る 92歳母親に一時は“殺意”も「なぜ私は一線を超えなかったのか」
介護で追い詰められた末に、家族をあやめてしまう介護殺人があとをたたない。老老介護の末に、東京・国立市の住宅で102歳の母親を殺害した娘(71歳)に11月17日、懲役3年、執行猶予5年の判決が言い渡された。老老介護の末の悲劇に、この人は何を思うか。実母の介護で追い詰められた経験をもつオバ記者ことライターの野原広子氏(68歳)が自宅での介護を振り返る。
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「あの時はああするしかなかった」
生きるか死ぬか。
ああ、検察官って介護の現実をなんもわかっちゃいないんだなぁとため息が出たわ。ほかでもない、102歳の母親を12年間、介護していた71歳の娘が母親の首を絞め、包丁で突き刺した殺人事件の裁判よ。
「懲役3年、執行猶予5年」という判決は「ま、そんなもの?」と思ったけれど、一審で検察側は「母親による暴言や暴力はなく介護疲れによる事案とは一線を画す」だって。包丁で突き刺したことを「強固な殺意が認められ、犯行は悪質である」だって。
テレビのニュースで連行されてとぼとぼ歩く被告の横顔を見た私は胸を締め付けられたね。その姿からは長年の苦労からやっと解放された清々しささえ感じられて、この人、どんな60代をおくったんだろうと思うと、もう、たまらなかったわ。
本人も今の心境を聞かれて「あの時はああするしかなかったので後悔はありません」と語っている。わずか4か月だったけれど母親(92歳)と枕を並べてシモの世話をした私は「だろうな」と大きくうなずいたわよ。
そう簡単に入居できる施設は見つからない
「10分に一度、トイレを求められた」という被告の母親は認知症も患っていたそう。なら、すぐに施設に入ってもらえば良かったのに、と、これは誰でも思うわよ。でも今どき、そう簡単に入居できる施設は見つからない。それと肝心の本人が施設に入ると言ってくれたらいいよ。んなこと、よほどもののわかった老人しか言うもんかね。
私の母親は、いよいよ私が限界になって「施設に入って」と言ったら、「そんなことするならこうしてやる」と自分の首に手で輪をかけたのよ。これも一度や二度じゃない。しまいには私も「ああ、やるならやれ! 今すぐやれッ」と怒鳴り返したわよ。
さすがに和室の鴨居にヒモをかけて準備することはしなかったけれど、本人がしたら見て見ぬふりをしたかもしれない。いや、買い物に出て2時間くらい帰ってこなかったかもね。そんな私の“殺意”を感じたのか、腸にトラブルはあったけれど、頭はハッキリしていた母親は私がキレるとものすごい顔でニラみ返したっけ。
「トイレ!」の要求が10分に一度
でも、今にして思えば敵意を敵意で返すのは、正常なコミュニケーションなのよね。これが認知症の老人相手だとバトルにならないんだって。ただひたすら同じことを怒鳴り続けるケースもあると聞く。私なら1日だってもたないわ。
被告の母親は、オムツをつけることをいやがり、ポータブルトイレで用を足したがった。これも私の母親といっしょだ。たとえ電動で身体を起こせる介護ベッドを使っていても、人間ひとりトイレに座らせるにはコツと体力がいる。私の母親は20年以上、介護ヘルパーをしていたから息を合わせるのが上手だったけど、認知症の老人にそれが出来るとは思えない。土嚢のように意識のない身体を持ち上げてポータブルトイレに座らせて排泄させていたに違いない。犯行当時は「トイレ!」の要求が10分に一度になったって。腰を痛めていた被告にどうしろっていうのよ。
手厚いサポートがあってギリギリ…
もちろん、だからと言って、手にヒモや包丁を持っていいわけはないのよ。人が人に対してやっていけない最悪の行為が殺人だもの。しかしその一線を私が超えなかったのは、ものすごくカンタンだ。介護ヘルパーさん、訪問看護師さんが日中の何時間か私を逃してくれて、週に2日、3日はデイサービスを利用できたからだ。あと11歳年下の弟も戦力になってくれたことも大きい。
それだけ手厚いサポートがあって、ギリギリ犯罪を犯さないんだと、私は思っている。もし被告に落ち度があったとしたらそれは逃げなかったことだと思う。被告の70代に、幸多からんことを願わずにいられない。そんなこと言ったらさすがに不謹慎かしら。
◆ライター・オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。2021年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。実母の介護も経験している。
