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暮らし

認知症グループホームで働く職員が転倒した利用者の家族から怒鳴られた言葉「胸がぎゅっとなった」新人時代の経験と戸惑い

 作家の畑江ちかこさんは、認知症グループホームの職員として働き始めて5年目になるが、新人時代を振り返り「どうしたらよかったのか」と思うことがあるという。ある利用者さんが転倒してしまい、怒った家族が施設にやってきて――。

執筆者/作家・畑江ちか子さん

1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。

※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設

新人時代に体験した「転倒」にまつわるエピソード

「家だと危ないから施設に預けているのに、どうして転ばせるんですか!」

 新人職員だったころ、私は安本スズエさん(90才)の娘さんに、こんなふうに怒鳴られたことがありました。「転ばせた」という言葉が頭の中をずっとグルグルしていたのをよく覚えています。

 私が働いているグループホームでは、日中職員2人体制なので、職員は交代で休憩を取ります。

 入浴介助などで片方の職員がフロアを離れてしまい、もう片方の職員1人で8名の利用者を見守らなければならない時間は毎日あります。

 さらに片方の職員が労働から完全に離れたうえで、9名の利用者のケアにあたらなければならない時間もまた、毎日あります。

 たとえば休憩時間は1時間なので、毎日昼間の2時間は、職員が完全に1人になります。

 私が安本さんを「転ばせて」しまったのも、この片方の職員が休憩に入っている時間でした。

1人で9名の介助をしていたときのこと

 その日、私は10時~19時までの遅番勤務でした。早番職員は当時の管理者。昼食、服薬介助を終える12時30分に、先に休憩に入ってもらいました。

 私1人の時間で、口腔ケア、排泄介助を進めていきます。とはいっても、9名全員の介助を全てやらなければいけないわけではありません。声をかければご自身で歯磨きができるかたや、ご自身で行きたいタイミングにトイレへ行けるかたには、自立支援の観点から職員が介入しすぎてはいけない、という考え方があるからです。

 先述の安本さんは、声かけをしなくてもご自身で歯磨きができるかた。いつも、洗面台が空くのを見計らい、歯磨きを始められます。杖をついていらっしゃるので、洗面台までの移動時は基本的に職員が付き添っています。

「ついてこなくても大丈夫だよ」

 職員1人の、せわしない時間――安本さんはそれを察し、いつもそんなふうに声をかけてくれます。

 安本さんとやり取りをしていたとき、向こうでチェアセンサーの警告音がしました。1、2歩歩くとすぐに転んでしまわれる別の利用者が、椅子から立ち上がった瞬間のことでした。

「ごめんなさい、安本さん。1人でも大丈夫ですか? 気をつけて洗面所に行ってくださいね」

 私は安本さんにそう声をかけ、立ち上がった利用者のもとへ急ぎました。

「うんちが出そう、トイレに行きたい」

 そのかたは未排便が続いていたため、前日の夜に下剤を服用されていました。「早くトイレに連れて行ってあげなくては!」と、私はそのかたを車椅子に乗せ、トイレに向かいました。

 個室に入り、手すりに掴まってもらい、立ち上がっていただき、体を後ろから支えながらズボンを下ろし、ゆっくりと便座に腰かけていただきます。

「ありがとう、間に合ったわ」

 その言葉を聞いてホッとしたのもつかの間、リビングからドン、という音と「いたーい!」という声が聞こえてきました。

洗面台の前で安本さんが!!

 すぐにトイレから出て行くと、そこには洗面台の前で尻もちをついている安本さんの姿がありました。

「安本さん、大丈夫!?」

「いたた…ごめんね、忙しいのに…」

 正直焦って頭が真っ白になっていましたが、自分が一番痛くて大変なはずなのに、私を気遣ってくれる安本さんに、胸がぎゅっとなりました。ゆっくりと体を起こし、ひとまず椅子に座っていただきます。

 このような転倒事故が起こった場合、まずはバイタル(血圧、血中酸素濃度、体温)を測ります。そして、外傷があるかないかのボディチェック。頭を打ったか、打っていないかもご本人様へ確認し、職員側でも頭部の観察を行います。

 これらを進めながら、先ほどの利用者を再びトイレからリビングへお連れするというのは、新人だった私にとってはいっぱいいっぱいの状況でした。休憩中の管理者に応援を頼もうかとも考えましたが、そのときは近くのコンビニへ行っていたようで、すぐに呼ぶことができませんでした。

 安本さんにバイタルの乱れはなく、ボディチェックの結果あざや腫れなどの外傷もひとまずはなし。次にやることは、訪問診療に電話をかけることです。転倒されたこととバイタルを伝え、対応についての指示を仰ぎます。

「頭部に外傷がなく、歩行ができるようなら経過観察でいいと思います。歩けない、呂律が回らない、などの様子が見られたらまた連絡してください」

 訪問診療の看護師よりそう指示をもらった私は、安本さんの様子を観察し続けました。

「大丈夫だよ。家でもよくこうやって転んでたから」

 安本さんは笑顔でしたが、このあと体調が悪くなるのではないか、痛みが出てくるのではないか…と、私は気が気ではありませんでした。

家族への連絡は気が重い…

 事故が起き、医療職から指示をもらった後は、家族に連絡を入れます。そして、どのような事故が起きたか、医療職からどんな指示をもらったか、現在のご本人様の様子をお伝えしたうえで、謝罪をします。

「正直、家族への連絡が一番気が重い」という介護職のかたは少なくないと思います。私もそうです。このときは新人だったこともあり、尚更緊張していました。

「お世話になっております、グループホームの畑江と申します…」

 きっと、私の声は小さく、震えていたことでしょう。状況説明と謝罪を終えると、電話の向こうで娘さんが「これから様子を見に行きますね」とおっしゃいました。

 そうこうしているうちに、休憩を終えた管理者が戻ってきたので、私は事故が起こってしまったことと、その後の安本さんの様子、訪問診療と娘さんに連絡したことを申し送りました。

 それから、管理者と2人で再度安本さんのボディチェックを行いましたが、あざや腫れなどは出現していませんでした。

「じゃあ後は引き継ぐので、畑江さんは休憩に入ってください」

 こんな状況で、休憩なんか取る気になれないよ…と思ったのと同時に、インターホンが鳴りました。安本さんの娘さんでした。

利用者の娘さんにかけられた言葉

「転んだって聞いたんですけど」

 リビングに入ってこられるなり、娘さんは心配そうな面持ちで安本さんのもとへ駆けよられました。

「あんた、わざわざ来たの? 大丈夫なのに」

 テレビをご覧になっていた安本さんは、目を大きく見開いて娘さんを見上げました。

 娘さんは施設の近くにお住まいだったこともありますが、こうしてすぐに様子を見にきてくださるなんて、安本さんも安心だろうな、と思いました。

「口腔ケアを終えたあと、歯磨きセットを洗面台に戻そうと背伸びをされたところで、バランスを崩してしまわれたようで…」

 これから休憩に入る私に代わり、事故の経緯を娘さんに説明してくれる管理者。そこへ、娘さんの声が重なりました。

「家だと危ないから施設に預けているのに、どうして転ばせるんですか! どうしてずっと見ていてくれなかったんですか!」

 重たい怒気をまっすぐぶつけられ、私は凍りついてしまいました。このとき私はどうしたらよかったのでしょうか…。(後編につづく)

イラスト/たばやん。

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