兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第249回 怒りを超えた痛み】
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症の兄と2人暮らし。家中、いろんなところで、大きい方も小さい方も排泄してしまう兄の症状に日々悩まされているマナミコさんですが、兄の性格が温厚であることには安心してきました。しかし、症状が進んできたこの頃、これまでには見られなかった兆候が兄に出てきてしまったようです。マナミコさんの試練は続きます…。
* * *
相次ぐ兄の粗相に我慢がきかなくなり
朝、自室から出ると、すでに兄がリビングに居り、食卓にはお便さまで汚れたトイレットペーパーが1ロール置かれていました。手に付いたお便さまをトイレットペーパーでぬぐい、ロール毎ホルダーから抜いてきたと思われます。
トイレの扉を開けてみると、便器にお便さま。「トイレでやってくれたのは奇跡」と喜んだものの、紙パンツは脱ぎ捨てられ、便器の周囲は汚れ、床に落ちたお便さまは踏んづけられた形跡が…。
相も変らぬ悲惨な我が家の朝。
兄をシャワーに誘導するも、服を脱がせる段階で強めの拒否があったので、一旦シャワーを諦めトイレとお便さまの足跡を掃除いたしました。除菌もし、消臭剤も撒いたけれども、匂いが濃く、まだお便さまがどこかで存在を強くアピールしておりました。
案の定、キッチンをチェックすると食器棚の引き出しの前面をカバーしているペットシートにお便さまがベットリ付着しているのを発見いたしました。おそらくわたくしがトイレ掃除をしている間にやらかしたのでしょう。それはおズボンの中から手で取り出したものと思われ、兄のお尻周りがえらいことになっているのを確信いたしました。
まずは手を洗わせ、その流れでなんとか服を脱がせることができ、シャワーに成功。やれやれ一件落着…と思いきや、その日の夕方にはお尿さま攻撃が勃発いたしました。
「靴下濡れてるから脱いで」「脱がない」、「脱いでください」「脱がない」の応酬。
朝のスッタモンダもあり、我慢がきかなくなっていたわたくしは、すぐに怒りがMAXに到達してしまい、勢いで雑巾を握った右のこぶしをしこたま床にたたきつけました。4~5回ガンガンと床を殴ったあと、洗面所の縁でも空手チョップのごとく手を振り下ろし、怒りを発散させました。
みるみる小指と手首の辺りが腫れて、青みがかってくるのをみていると、怒りがドン引き。痛みで怒りを相殺したように思えました。その後は「腫れたな」「痛ぇ」と思いながら雑巾を絞り、拭き掃除を独行。さらには夕食を作ったのでございます。
「なんでこんな兄にご飯作らなきゃいけないんだろう」と思いながら包丁を使い、フライパンを振り、我ながらよくやりました。
夜になり兄を寝室に誘導した後も仕事をする心境にはなれず、頭を空っぽにしたくてバカバカしいYouTubeばかり漁っておりました。気づくと深夜1時半。近頃、そんな夜更かしの毎日でございます。
先日は、デイケアでも「拒否が強くてお風呂に入ってもらえませんでした」と言われました。嫌がっていてもシャワーのお湯がかかれば「いいね~」と途端にニコニコのご機嫌になるのですが、服を脱がすまでのハードルが高いこと高いこと。目つきも悪くなり、「何だよ」「嫌だ!」とイライラを露わにし、今にも手が出そうな雰囲気になるのでございます。
脳の前頭葉は、注意や思考、感情のコントロールを司る場所と言われております。認知症はこの前頭葉にも萎縮が進んでいく病気。兄は過去を忘れてしまう段階を超え、感情を押さえられない新たなステージに入ったような気がいたします。
そして先日、3カ月に1度の通院日がありました。朝も早く、道中も長いのでわたくしは兄を連れて歩く通院日が嫌いです。そしてついに…と、そのお話は次回にいたしましょう。
最近、茹でて細かく切ったブロッコリーと塩昆布と鰹節と出汁醤油少々を混ぜたブロッコリーご飯がお気に入りでございます。ブロッコリーを小松菜に変えても美味でございます。ご興味ある方はぜひお試しあれ。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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