兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第246回 また一つ老けました】
全国あちらこちらで桜の便りが聞かれ、春爛漫のこの頃です。ツガエマナミコさんは、春生まれ。毎年この時期に一つ歳を重ねます。そして、寄る年波を痛感することもあるようで…。今回はそんなお話です。
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ストレスを溜めない術
春を迎える度に、一つ歳をとるツガエでございます。
ふとした瞬間に歳をとったと感じることが年々増えてまいります。身体は硬くなりますし、手にした物をよく落としますし、平らな道で躓いたり、スーパーの薄いビニール袋の口が開けられない症状も…。先日は、兄の洋服に名前を縫い付ける際、針に糸がどうにも通らなくて悲しくなりました。15分も格闘したでしょうか。時間が経つほどに益々目がぼやけてしまい、針に糸が通った頃にはぐったり疲れてしまいました。このとき初めて「糸通し」の必要性を感じたのでございます。
わたくしの裁縫道具箱には「糸通し」がございません。缶ジュースの蓋のようなあの物体を見た当時、「なんじゃこれ?要らないな」とゴミ箱に入れてしまったように思います。
若い頃は母親によく糸通しを頼まれたものでございます。そのときは「何でこれができないの?」と不思議に思ったくらい簡単でしたのに、まさか自分にこんな日がくるとはガッカリでございます。
ということでついに「糸通し」を100円ショップで購入してまいりました。4つ入りでございます。知らない方のためにご説明しますと、「糸通し」とは、缶ジュースの蓋のような形状の薄いアルミの先に髪の毛ほどの細い針金がひし形を描くように付いている裁縫道具でございます。そのひし形の角を針穴に通すと、通った先でもひし形を描いてくれるので、ひし形の中に糸を通して缶ジュースの蓋のようなそれを引っ張れば、誰でも簡単に針穴に糸が通るという画期的な必殺アイテムなのでございます。
ところがところが、意気揚々と試してみたらば、ひし形の角を針穴に通すことが案外難しくて笑ってしまいました。ワンアクションでいけると思いましたのに約10回のチャレンジが必要でございました。でもこれで名前付けも楽になります。
介護には名前付けが必須作業でございます。油性マジックで書いてしまえばいいのですが、なんとなく縫い付けることにこだわってしまいます。それはきっと母親がいつもそうしてくれたから。わたくしが縫い付けにこだわるのは兄への愛ではなく、亡き母へのリスペクトでございます。
兄は、食事の食べ方が汚くなりました。お箸を1本だけ使って、太い方でご飯をかき込んだり、おかずを器の縁からこぼしたり、手づかみしたものを床に落とし、それを靴下で踏んづけたり…。
「ほらほら、こぼれるよ」とか「こぼさないようによく見て」という言葉は日に日に無意味さを増して、向かい合って食べるのが嫌になってしまいました。「もう好きにやらすしかない」という境地に達しております。
朝もすっかり起きない人になって、今週のデイケアも心配でございます。
でも、無理やり起こしてキレられても嫌ですし、起きないときはすんなり諦めることがストレスを溜めない術だと思うようになりました。「起こしてデイケアに行かさなければ!」と思うから起きないことがストレスになるのです。「起こし方が悪いのかも」「なんで起きないんだろう」と思わず、「起きない人の勝手だから仕方がない」と割り切ればいい。そうやって自分を守っていこうと思っております。
今週のナンバー1トピックは、お花屋さんでお会計をしようとしてお札を出したところ、「うちは現金でのお支払いはちょっと…。クレジットカードやアプリはお持ちではありませんか?」と若い店員さまに言われたこと。その日はクレジットカードを持っていなかったので「あ、あ、何もありません」とお答えして速攻でお店を出てまいりました。
世の中は変わったものです。ニコニコ現金払いが一番強かった時代はもう過去の遺跡。一瞬で白髪になった浦島太郎さまの物語が頭をよぎり、どっと老けたツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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