認知症予防のためのスポーツはライトにざっくりと定期的に
誰しも、なりたくて認知症になるわけではありません。でも、自分、あるいは親がその当事者になる可能性はある。その可能性を回避するために、今からできることとは…!? そのためのさまざまな方法を、識者に尋ねます。
今回は、予防のためのスポーツについての前編。「健康時からの運動習慣で、医療の枠組みに頼らないライフスタイル」という『プレメディカル』構想を提唱しているスポーツ科学の専門家・杉浦雄策さん(明海大学教授、立教大学非常勤講師、博士<医学>)にうかがいました。
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予防には運動! けどできない、のワケ
認知症予防のためにスポーツがいい、というのは、よく言われることです。それを裏付ける調査報告も多数出ています。曰く、65歳以上の高齢者1740人を約6年間追跡したものでは、週3回以上の運動(1日15分以上のウォーキング、ハイキング、サイクリング、水泳、ストレッチ等)を習慣的に行っていた人の認知症発症率は、週3回未満の人より34%少なかった。
また、ハワイの日系男性の7年間の追跡では、1日に歩くのが400m以下の人たちは3200m以上歩く人たちの1.8倍アルツハイマー病にかかりやすかった。これらのことから、毎日30~60分程度のエクササイズが認知症予防、もしくは遅らせるのに有効と考えられている…などなど。
しかし、運動がいいということはわかった。でも、現実はなかなか実行できない、というのが実際のところではないでしょうか。
それはなぜか。ここには「ねばならない」が多すぎるからだと、僕は思っています。健康のために、ボケ防止のためにスポーツをしなくちゃいけない、そのためにはこれだけのことをしなければならない。巷にあふれるノウハウが、かえってスポーツを遠ざける結果になっているんだと思います。
「筋力トレーニングが高齢者の認知機能を改善する!」という調査結果もたしかにあります。が、それを聞いてジムに通い、続けられる高齢者がどれだけいるでしょうか。
たとえば、うまいラーメンがあっても店主に「こうして食わなきゃダメだ」とか言われたら「もういいよ、食わないよ!」となりますよね。それと同じような感じ。運動を習慣にするには、うるさいこと言っちゃダメなんです。
まずは外出5分から始めよう
たとえばウォーキング。肘を90度に曲げたまま歩けという教則とか、ルートを変える方がいいよとかの「工夫せよ」がハードルを上げていませんか? そういうことを言われると、もうめんどくさくなっちゃう。でも考えてみてください。150度が90度になったところでその効果の違いはどれほどでしょうか? コンマ何秒を争う競技の世界でならそういうことはあるかもしれないけれど、しかし我々はウサイン・ボルトではない!(笑い)
だから、なんでもいい、まずは外に出よう、体を動かそう。5分でいいから。と、僕は考えています。…と言うスポーツの専門家はほとんどいないですけど(笑い)。
さきほどのウォーキングにしても「30分から60分」である必要はないんです。それを聞くと「うわー、そんなに!?」と、いきなり億劫になるでしょう? 手始めは、犬の散歩やショッピングなんかでぜんぜんいいと思います。
そういう意味では、認知症予防にいいスポーツは何かという問いには、正解はないと思います。人の体も気持ちも、みなそれぞれ。画一的に「これがいい」はない。答えは、「自分に合ったもの、好きなものでライトに」体を動かしましょう、というふうにアプローチの仕方が変わってきているように思います。
どんなスポーツでもいい。「これがいいらしいよ」と聞いて新しいことを始める必要もない。ハードルが上がるから。昔やっていたものを掘り起こすので構わない。ゴルフ、野球、水泳でもなんでも。これまでやってきたこと、好きなこと、楽しいと思えることでいいんです。
好きでもないことを、義務のように人は続けられませんよね。好きで楽しいことなら続けられる。ここが大切です。「継続」こそが認知症予防の秘訣ですから。毎日である必要もありません。ざっくりとでいいから、定期的に続けることです。
そして「ライトに」も大切ですよ。高齢になれば、骨や筋肉量も落ちています。張り切りすぎたり、昔と同じ調子でやってしまうと思わぬケガも。骨折がもとで車椅子生活になり、認知症に…、というのもよくあるケース。それでは本末転倒です。ケガや熱中症のリスクなども織り込んで、ほどほどに軽めに!
杉浦雄策(すぎうら・ゆうさく)/明海大学教授。立教大学非常勤講師。博士(医学)。日本臨床スポーツ医学会会員。順天堂大学大学院修了(運動生理学)。近年、スポーツ科学の立場から、人々のつながりを基盤に「医療のお世話にならない健康づくり=プレメディカル」をスポーツ・行動科学・まちづくりまでを巻き込んだ構想として研究提唱中。著書に『入門スポーツ科学―スポーツライフをエンジョイするために』(ナップ刊)ほか。
撮影/相澤裕明 取材・文/小野純子