倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.2「3リットルの腹水と温かい天ぷらそば」
漫画家の倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さん(56才)は一昨年、すい臓がんが発覚。医師から「もって1年」と余命宣告を受けてから1年半、対処療法をして過ごしてきたが、昨年末から腹水に悩まされるように。夫の治療に付き添った倉田さんが見た光景とは――。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。近著『夫のすい臓がんが判明するまで:すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』、お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまき、さん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)など。「夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版」は現在無料で公開中。
「あれ?ちょっとお腹が出てきた?」
夫は末期がんと診断されて久しいですが、それでも昨年中は毎日会社へ行き、元気な時ほどではないけどそれなりに活動的に過ごしていました。近場の旅行に行ったりとか、週末は映画を観に行ったりとか。
でも、昨年12月半ば頃から「あれ?ちょっとお腹が出てきた?」と身体のフォルムが変わってきて、その後みるみる「これは腹水だ!」と一見してわかるほどお腹が膨らんでしまいました。
そうなってからガクンと行動力が落ちてしまい、ろくに家を出ない日が増えました。毎月一度定期検診に通っている病院の担当医も、「腹水ですね」と夫のお腹に触れながら言いました。
「先生、なんとかなりませんか?苦しくて、あんまり動けないよ」
「残念ながら、すっきり解決する方法はありません」
腹水は抜くことはできても全部抜くわけにはいかない上に、すぐに元に戻ってしまうそうです。さらに抜いた腹水の中には栄養等いいものも含まれているらしく、体力をごっそり奪ってしまうこともあると。
なので昨年は「どうしても我慢できなくなったら抜きましょう」ということになりました。
腹水を抜くことを決意した夫
年が明けていよいよお腹がパンパンになり、「この苦しさをちょっとでも解消したい」と夫は腹水を抜くことを決意。
初回は2リットル、2回目は3リットル。
言われた通りすぐに戻ってしまうんだけど、抜いた直後はかなり楽になるらしく、特に初回は「飯が進む」と久しぶりに食べすぎて、後で痛くなったり吐いたりしていました。
そして、3回目の先日、私も一緒に行きました。
問診を経て、夫はベッドへ。硬く、はち切れそうに張ったお腹に針が刺され、長い管から黄色っぽい液体が白いバケツに滴り落ちます。夫は怖いみたいで、絶対に処置をされている側へ顔を向けません。
「1時間以上かかるんでしょ?その間外で待ってるね」
「うん、終わる頃連絡するから迎えにきて」
私は病院を出て、近くにあったカフェで時間を潰すことにしました。
ジリジリしながら夫からの連絡を待ちましたが、1時間半をすぎても電話が鳴りません。もしかして何かあった?と急に不安になり、慌てて病院へ戻りました。
子どものように眠る夫、帰りの天ぷらそば
「叶井さん、寝ちゃってますよ」
焦った私の顔を見た看護士さんが、笑顔で教えてくれました。
処置室を見に行くと、気持ちよさそうにぐっすり眠っている夫の姿。なんだか子どもみたいに見えて、目頭が熱くなりました。
今は苦しくないね、よかったね。
床には抜いた腹水がたっぷり入ったバケツがありました。
3リットル。これだけの水が入っていたら、そりゃ苦しいよね。しかも全部じゃない、まだ半分くらいはお腹に残っている…。
もっと寝かせてあげたかったけど、閉院時刻が迫っているのでそっと起こしました。
「楽になった?」
「うん、かなり」
お腹に触ると、カチカチに硬かったのが随分柔らかくなっています。
帰り、病院近くのそば屋で夫は温かい天ぷらそばを食べました。お腹にスペースができたおかげで、たくさん食べられて嬉しそう。
後でお腹が痛くなりそうだから全部食べるのは止めたかったけど、美味しそうに食べる様子を見てその機会を失いました。
案の定、数時間後に「気持ち悪い」と苦しくなったけど、激しい痛みにはならなかったからまあ、よかったです。