考察『ゆりあ先生の赤い糸』1話。突然要介護5になった夫の自宅介護を決意した主婦(菅野美穂)の気持ち「それは愛じゃない!」
平凡な主婦ゆりあ(菅野美穂)は、夫(田中哲司)がホテルで倒れて緊急搬送されたと連絡を受けます。駆けつけた病院で出会ったのは泣きながら夫に付き添う美青年(鈴鹿央士)。夫と彼の関係は? 要介護5の夫を自宅介護することになったゆりあの前に難問がいくつも立ちはだかります。ドラマに詳しいライター・近藤正高さんが『ゆりあ先生の赤い糸』(テレビ朝日系 木曜よる9時〜)1話を振り返ります。
救急車を呼んで夫に付き添った美青年が実は……
穏やかに暮らしていた主婦が、ある日突然、夫が外出先で倒れ、意識不明になるという事態に見舞われた。姑や義妹は頼りにならないうえ、夫の意識は戻らないまま。さらには夫が倒れたとき一緒にいたという青年から、自分は彼の恋人だと告白される。そんなふうに、畳みかけるようにアクシデントに遭遇するなか、彼女は寝たきりになった夫を自宅で介護すると決意する――。
10月19日にスタートしたドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』は、第1話だけでこれだけの物語が一気に展開された。原作となる入江喜和の同名コミックでは1~2巻分の内容に相当する。主要人物もまるでカードを切っていくかのごとく次々と登場し、ドラマ初回はかくあるべきと思わせるお手本のようであった。
第1話は、白い布に縫われていく赤い糸と、したたり落ちる血の映像が交互に映し出されるシーンで始まった。糸を縫っていたのは主人公の伊沢ゆりあ(菅野美穂)で、自宅で刺繍教室を開いている。一方のしたたり落ちる血は、彼女の夫・吾良(田中哲司)がホテルで鼻血を出して倒れたことをほのめかしていたのだと、あとでわかる。
売れない小説家の吾良はその日、用事のあとそのまま飲みに行くとゆりあに告げて家を出た。夫が倒れたとの連絡を受け、ゆりあが急いで病院に駆けつけると、看護師(井頭愛海)からあの人が救急車を呼んで付き添ってくれたと、一人の美青年と引き合わされる。それが、彼女が因縁の相手となる箭内稟久(鈴鹿央士)と最初に会った瞬間であった。
このあとゆりあは、医師の前田有香(志田未来)から吾良の病状について説明される。手術すれば助かる確率が高いと言われ、彼女は一も二もなくお願いする。病院にはまだ稟久が残っており、彼の希望もあり、手術中も付き添ってもらった。
ちなみに吾良の主治医は、原作では年配の男性だが、ドラマでは若い女性に置き換えられている。昨今のドラマに顕著なジェンダーバランス重視の表れとも受け取れるが、この設定変更はのちの展開にも関係してくるのだろうか。
年老いた姑を演じる三田佳子
手術は無事に終わったものの、吾良の意識は2週間経っても戻らなかった。ここで登場するのが、吾良の母と妹……ゆりあにとっては姑・小姑にあたる節子(三田佳子)と志生里(宮澤エマ)だ。
節子は登場時、朝ごはんも食べ終わらないうちから、ゆりあに「お昼ごはんどうする?」と訊ね、その後も何かにつけて食事の心配ばかりしている。年を取ったせいなのか、それとも元々そうなのか、自己中心的なこの姑にゆりあは振り回されっぱなしであった。その後、吾良を自宅で介護すると決めてからも、ケアマネジャーから「吾良は要介護5の可能性が高高いので、ヘルパーに最大で一日4回来てもらうことが可能で、しかも支給限度額の範囲内であれば3回来てもらうのと金額は変わらない」との旨を説明されたにもかかわらず、節子に「知らない人が3回も4回も来るなんて落ち着かない」と横槍を入れられてしまう。
節子を演じる三田佳子といえば、筆者には何といっても、40年近く前の大河ドラマ『いのち』(1986年)が思い出される。戦後を舞台とした大河ドラマでは異色の同作で、三田は医師となる主人公を演じた。その劇中では、彼女が東京で総合病院を開業したのち、認知症となった姑を郷里の青森から引き取り、試行錯誤しながら介護する様子が描かれた(ドラマで「介護」という言葉を用いた、おそらく嚆矢と思われる同作については、いずれ改めてじっくり紹介したいところである)。その三田が、年老いた姑役を演じていることに、時の流れを感じずにはいられない。
節子以上に厄介なのが志生里で、寝たきりになった吾良のため週2回は来ると言っておきながら、口先ばかり。そもそも、ゆりあの家で面倒を見ているインコの「セバスチャン」も、志生里から彼氏が鳥アレルギーだと言い訳されて、押しつけられたものだった。
とにかく面倒くさい姑と小姑に手を焼きながら、ゆりあはさらに衝撃の事実を知ることになる。それが「吾良が倒れたのは自分が抱かれたくてホテルに誘ったから」という稟久からの告白であった。稟久によれば、あの日、吾良とは別れるつもりで会ったという。しかし、どうもまだ煮えきれない様子の彼に、ゆりあは、吾良が目を覚ましたら改めて二人で話し合ってみるよう促し、それまでは彼女のなかで稟久のことは保留扱いとするのだった。
自宅介護を選んだのは愛なんかじゃない
寝たきりになった吾良については、療養型病院に転院させるか、介護付き施設に入所させるという選択肢もあった。だが、ゆりあは先述のとおり家に引き取って自ら面倒を見ることを選ぶことになる。すでに夫とは夫婦の営みがなくなって久しく、実の姉である泉川蘭(吉瀬美智子)からも「自分のことを陰で裏切ってたやつのシモの世話なんてできる?」と言われたにもかかわらず、ゆりあがそうしたのはなぜか? その理由は、吾良が自宅に戻ってきて迎えた最初の夜、久々に夫婦で枕を並べたときの彼女のセリフであきらかにされる。
「言っとくけど、自宅介護を選んだのは愛なんかじゃないから。重荷になった旦那を投げたみたいに思う自分が嫌なだけ。そんなふうに思うのは、父が『いったん引き受けたこと、やめられるかよ』って言う人だったから。自分でも呪われてんなって思うけど、そうしちゃうんだよ!」
原作には出てこないこのセリフからは、ゆりあがもはや夫を愛してはいないという事実とともに、彼女が父の性格をよくも悪くも受け継ぎ、それが呪縛となっていることがうかがえる。
悪いことは続くもので、その晩、姑が突然発熱し、ゆりあが病院に連れて行かねばならなくなる。留守番を頼もうと志生里に連絡をとるも捕まらない。どいつもこいつも頼りにならないと、ゆりあの怒りは頂点に達する。そこでふと思い出したのが稟久だった。彼は、ゆりあが保留にすると告げて以来、吾良の見舞いにも来なくなっていた。だが、緊急事態とあって、ゆりあは夫のスマホから稟久の電話番号を見つけ出すと、わらにもすがる思いで頼み込む……というよりは、「箭内さんが愛してるのは、元気なときの優しい吾良だけですか!?」「だとしたら、そんなもん、不倫以下のクソままごとだ!」と、ほとんどけしかけるようにして家まで呼び出したのだ。
だが、稟久はけっしてゆりあに屈したわけではなかった。彼は、元気だったころの吾良からゆりあについて、自分がどれだけ変なことをやっても飲み込んでくれる「おっきい人」だと聞いていたという。しかし、ゆりあの先ほどの電話での態度からすると、どうもそうではないらしい。そう察した稟久は、家に駆けつけるや、こう彼女に言い放つ。
「そんなふうに(「おっきい人」だと吾良が)言うからすごく嫉妬していたけど、普通のおばさんですよね」
菅野美穂が「普通のおばさん」! 筆者は、彼女とは同世代で10代の頃から見てきただけに、このセリフには驚いた。とはいえ、たしかにこのシーンの彼女は、原作のゆりあと同じく眼鏡をかけているせいもあってか、おばさんそのものに見え、ゾクッとさせるものがあった。
僕も介護に参加します
翌朝、稟久は留守番しているあいだ、吾良のおむつを男性ヘルパーが替えるのを見て嫉妬を覚える。そして帰宅したゆりあに、もうヘルパーはいいんじゃないですかと言うと、「僕が来ます、毎日。僕のほうが吾良さんのこと、よく看られると思うので」と切り出した。それまでゆりあに対して自分は不利だと思っていた稟久だが、昨夜のゆりあの暴言――例の「不倫以下のクソままごと」――のおかげで考えが変わったという。
続けて「クソままごとにはしたくないので、僕も介護に参加します」と稟久が言えば、ゆりあも、ひとまず最低1ヶ月休まずに家へ来たのなら決意を認めると応じたことで、吾良をめぐる二人の戦いの火蓋が切られたのだった。とはいえ、どちらも意地になるあたり、ゆりあと稟久は似た者同士という気もする。
そこへ玄関のチャイムが鳴る。扉を開けると、姉妹らしき2人の少女が立っており、おもむろに1枚の写真を見せてきた。そこには彼女たちと見知らぬ女性(松岡茉優)、そして吾良が写っていた。妹(?)のほうは吾良を指さしながら「パパ、パパ」としきりに言う。
そういえば劇中、一瞬だけ、例の少女たちが食事をしているところへ、写真に写っていた母親らしき女性が咳き込みながら現れ、スマホで電話をかける場面があった。もしや、この娘たちは、吾良が写真の女性とのあいだに儲けた隠し子なのか……。ゆりあに新たな悩みの種が生まれたところで、ドラマは第2話へと続く。
第1話ではこのほかにも、介護用のベッドを家に入れるためにゆりあが呼んだ便利屋の青年(木戸大聖)など、気になる人物が登場した。筆者は原作を読んでいて、父親役は柳葉敏郎がいいんじゃないかと勝手に思っていたのだが、実際に起用されたのは、お笑いコンビ・チョコレートプラネットの長田庄平であった。まあ、彼の公式プロフィールには趣味として「DIY」とあるので、大工だった父親の役にはふさわしいかもしれない。ちなみにゆりあの旧姓は「長田」(読みも同じ「おさだ」)なので、奇しくも長田が長田を演じることになった。
今回、脚本を担当する橋部敦子はこれまでに、草なぎ剛主演の「僕シリーズ3部作」や小芝風花主演の『モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~』(向田邦子賞受賞作)などのヒューマンタッチのオリジナル作品のほか、山崎豊子原作の『不毛地帯』のような骨太な超大作、あるいは韓流ファンタジードラマのリメイクである『知ってるワイフ』など、手がけてきた作品は幅広い。
橋部は若い頃はダンサー志望で、会社に勤めながらもレッスンに通い、イベントやショークラブなどでバックダンサーとして活動もしていたものの、膝を壊して断念したという。本作の主人公・ゆりあも子供のころにバレエに打ち込んだという過去を持つだけに、どこか自身と重ね合わせるところもありそうだ。
菅野美穂も今回、役作りのためにバレエと刺繍の教室に通い始めたという。ゆりあの男前なキャラクターは、おそらく本来の菅野とはかけ離れているのだろうが、そこにどれだけ寄せていくのか、それも含めて今後の展開が楽しみである。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。