86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第37回 早し良し】
才能溢れる文化人、著名人などが執筆し、ジャーナリズム界に旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』。1965年に創刊したこの雑誌の編集長を30年にわたり務めた矢崎泰久氏は、テレビやラジオでもプロデューサーとしても手腕を発揮し、世に問題を提起してきた伝説の人でもある。
1月30日に誕生日を迎え、一つ歳を重ねた矢崎氏は現在86才。今も、執筆、講演活動を精力的に続けている。ここ数年は、自ら、妻、子供との同居をやめ、一人で暮らすことを選び生活している。
オシャレに気を配り、自分らしさを守る暮らしを続ける、そのライフスタイル、人生観などを連載で矢崎氏に寄稿してもらう。
今回のテーマは「早し良し」。遅刻の常習者がいるように、人には身に付いた悪い習慣があると語る矢崎氏。それを直すことができる人間になるためにすべき事とは…。
悠々自適独居生活の極意ここにあり。
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遅刻は誰に対しても悪い態度
約束した時間に必ず遅れてくる人がいる。
「出かけに電話がかかてきちゃって…」とか「1本電車に乗り遅れちゃったの」とか「忘れ物を取りに帰った分間に合わなくて…」
つまり言い訳をしながらやって来る。悪いとは思っているらしいが、毎度となると、悪い癖の持ち主としか言いようもない。
私の友人の一人に、先祖代々で大切にしている「家訓」を持っている一家と言うか、なかなかの人物がいる。
「早し良し、丁度良し危うし、遅し悪(わる)し」
この言葉を、朝起きると三度唱えから1日を始めると言う。
早いのは良い事である。丁度間に合う事は危ない態度である。遅刻する事は絶対に悪い事である。
日々そう言い聞かせれば、遅刻などしないと、この家族は断言してはばからない。
要するに遅刻癖のある人は、出かける前から言い訳をどこかに用意している。要するに出発前の覚悟が全く足りない。
約束時間に対して、準備に欠けているのである。
早すぎる事は良い事だと決めれば、スタートを急ぐことが出来る。
ピッタリ時間通りに到着すればいいと考える事は危ない姿勢だと知れば礼を失する事はない。
最後の遅刻は誰に対しても悪い態度だと肝に銘ずれば、あらゆる行動に余裕が備わる。
それぞれの人には、身に付いている習慣のようなものがある。幼い頃から同じ失敗を繰り返している人には、どこか欠陥があるのだ。
少しずつ軌道修正できる人もいるが、どうしても直らない立派な困った人も少なくない。遅効癖はその最たるものと心得るべきである。
人に頼らず、自分でやる
どんな事をするにも。準備万端整えるタイプと、間近になって慌てて用意するタイプがある。どこで分かれるかと言うと、計画性の有る無しの差なのだ。もちろん性格の善し悪しもある。
何かしようとした時に、順序良く組み立てる人と、あれやこれやバタバタ動き回る人の違いがそこに現れているとも言えよう。
老いてくると、そこに忘れるという劣化に加えて、肉体的な衰弱が少しずつつきまとう。
簡単に跳び越えていた柵に引っかかって転倒したり、落としたものを拾う為に身をかかめると、ギックリ腰になったりする。
60代から進行して、70代、80代と老化するにつれて、確実に肉体は衰え、それに伴って動作が緩慢になる。
もちろん人によって差はある。老化が早い人は、どこか依頼心が強い。自分でやれる事を他人任せにしたり、遅刻癖を直さない人に多いのも事実である。偉そうな事を言ってるけど、私だって失敗ばかりだ。
ごく自然に振る舞っているつもりでも、何かを探したり、調べたりする事を自分でやらずに、すぐに人に頼るようになる。
まず己がやる。自分一人で解決する。この事が大切なのだ。つまり絶えず自分をチェックする。面倒くさがって、たちまち行動を控えたりしている自分そこにいるに違いないのである。
その点、老人の一人暮らしは更正への道標(みちしるべ)と言えよう。誰にも頼れないから、どんな事でも自分でやらなくてはならない。
典型的なのは、誰にも避けて通れない日常生活にその極意がある。食べる片付ける。汚れる洗う。
怠慢を決め込んでいると、あらゆる事がグチャグチャになる。何事も後回しにすれば、負担が増すだけだと思い知るべし。
「老いて益々盛ん」という言葉があるが、これも前向きに捉えるか、後ろ向きに捉えるかで、全く意味合いが違ってくる。
そうですよ、元気ですよ、まだまだ負けませんよ。後ろ向きになると、お恥ずかしい、目障りでしょうね、いつまでもスケベでご免なさい、となってしまう。これがよろしくない。
老いたりとは言え、喜びや快楽を求める事は当然だが、これが行き過ぎると、無様になる。節度は守りつつ、相手の油断を見逃さないよう、しっかりと気を配る。チャンスは思いがけずにやってくるものだ。
その為には、「早し良し」をモットーとすべしと提言したい。何事も心にユトリがなくては、成すべき事も成らない。脳内時計を15分早めよう!
矢崎泰久(やざきやすひさ)
1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。
撮影:小山茜(こやまあかね)
写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。