兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第201回 表裏を使いこなす人間になりました】
若年性認知症の兄と暮らし、生活のサポートの一切を担うライターのツガエマナミコさんが綴る連載エッセイ。ドラマ『白い巨塔』に登場する冷徹な医師・財前五郎のような兄の主治医。診察に付き添うたび、その対応に心がざわざわするマナミコさんですが、最近はあきらめの境地…。それよりも、自分自身の今後も心配なこの頃のようです。
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財前先生(仮)は相変わらず
「識字率」をご存じでしょうか。日本人の識字率はほぼ100%で、誰でも読み書きができると信じられてきました。でもこれは75年前、米国GHQ(連合国軍総司令部)の命によって行われた調査の結果で、それ以来、識字率の全国調査は行われていないそうでございます。現在、日常生活に支障をきたすほどに読み書きができない日本人は一定数いるよう。実態把握が急務と新聞記事にありました。
「そういえば、兄も読み書きできないな」と記事を読みながら思ったツガエでございます。
デイケアで書く本人サイン欄には、いびつな丸だったり、「へ」の字のようなものだったり、およそ文字ではございません。書けなくても、せめて読めてくれればいいのですが、自分の名前しか識別できません。「〇じごろ、かえります」と書いた張り紙も意味があるのかないのか…。
通院時、「番号を呼ばれたら取りに行く」だったり、「自分で名前を言う」など、介護者がやり過ぎないことを心がけてまいりましたが、もうそれも無意味な気がして、全部わたくしがやるようになりました。
医師とのやり取りもほぼわたくし。先日の通院日も相変わらずの3分診療でございました。
「どうです?お変わりありませんか?」と本人に聞いたあと返事がないと、「ご家族から見てどうですか?何か変わったことはありますか?」と決まりきった質問でございます。
わたくしが「最近ときどき『みんなどこに行ったの?子供たちは寝たの?』などと言われます」と言うと、「以前そういう環境だったことはあるのですか?」と聞かれ、「いいえ」と申し上げると、「今、認知症の薬はMAXなので、これ以上になると幻覚のお薬ですかね。眠くなる副作用があります。まだ使わないでもいいと思いますが、ひどくなったら、診察日にこだわらず、ご家族が一人で受診されてもいいのでご相談ください」と言われました。
正直、「またお薬の話か」と思いました。財前先生(仮)はお薬を出すことが医者の使命と考えていらっしゃるような方なので、新たな症状を言えば新たなお薬の話になることはわかっておりました。
かといって「ご家族の接し方で改善しますよ」と言われたらもっと腹が立つことでしょう。わたくしは兄に優しい声を掛けられません。なぜなのでしょう。じつは母のときもそうでした。優しく声を掛けたり、やさしく手を握ったりすることができませんでした。亡くなった後「もっと優しくすればよかった」と思ったのに兄にもまた同じことをしています。むしろもっと冷たい態度をとっております。どういう心持ちになったら認知症の家族にやさしくなれるのでしょう。
否、「これでいいのだ」と思うことで心を楽にいたしましょう。自暴自棄になったら共倒れです。わたくしだけでも健常に生き抜くことを優先させていただきます。
と、そんなことを考えておりましたら、タレントのおすぎとピーコさまのニュースが目に飛び込んでまいりました。おすぎさまは認知症を患っていらしたのですね。ご兄弟で住まわれていたようですが、お世話していたピーコさまも同じご病気になってしまったご様子。とても他人事とは思えませんでした。
双子さまはご病気まで似るのでしょうか。
認知症という病気は今のところ不治の病で、じわりじわりと本人と本人の周りの人間の暮らしや気持ちを変えてしまいます。実際わたくしはこの5~6年間でだいぶささくれて、裏表を使いこなす人間になりました。
甲斐甲斐しい妹の顔を表に、裏では「この野郎、あの野郎」の連続。このままわたくしまで認知症になってしまったらどうなるのでございましょう。
ああ、早く身の回りを整理しなければいけない気がしてまいりました。何年か前にも同じようなことを思った気がいたしますが、還暦になった今年こそ! そう今年こそです。きっとできる。たぶんできるんじゃないかしらん。どうかできますように…。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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