十朱幸代が告白「死亡説まで出た大手術」と「人生のまとめ」
日本の帯ドラマの基礎を固めたといわれるドラマ『バス通り裏』で女優デビューを飾り、今年で60年。十朱幸代さん(76)がその人生を振り返り記した自伝『愛し続ける私』(集英社)が話題になっている。
華やかな世界で活躍し続ける彼女が”終活”について語る。
終活をはじめた理由
「私、死んでいたんですって。両足首の手術とリハビリで2年近く仕事を休んでいた時、ネットに死亡説が流れたんです」
そう言って、カメラの前で十朱幸代さんはにっこりと微笑む。
その姿からは、どこをどう手術したのか、まるでわからない。手術を決断したのは、67才の時。もともと捻挫しやすい上、舞台での酷使で40代から痛みを感じていた両足首が変形し、舞台で履く靴は痛みを緩和するよう特注するまでになっていた。このままでは歩けなくなると言われてのことだ。
「長期間仕事を休んで、その後復帰できるかどうかというよりも、本当に元に戻って歩けるようになるのか、その不安の方が大きかった。死ぬまで舞台に立ち続けたい。それにはまず歩けなくてはならないでしょう。ちゃんと歩ける足になりたい、その一心でした」(十朱さん・以下同)
湾曲した足首をまっすぐにするために腸骨の一部を移植するという大がかりな手術は、左右合わせて21時間に及び、入院も5か月を要した。
「ずっとスポーツジムに通い運動していたので、同年代の人より筋肉があったのね。リハビリも頑張って、手術からほぼ1年後、普通に歩けるようになりました」
この手術後、終活を進めた。
「以前から少しずつしていた服やハンドバッグ、靴の整理を本格的に始めたんです。最近は私服でマスコミの前に出ることも少ないし、そんなにいらないの。だからといって、古い人間がいかにも古く見えたら、職業上まずいじゃない?(笑い)若い人たちの店で、かすかに自分に似合うものを探すのよ」
整理が大変なのは、仕事関係の資料や新聞雑誌の切り抜きなど。
「後ろを振り返っていたら前に進まないから、思い切って捨てて”ああスッキリ”と思ったのに、また最近たまっちゃって。どうしましょ」
また、人生のまとめとして、初の自伝『愛し続ける私』を今秋、出版した。
十朱幸代(とあけ・ゆきよ)
1942年11月23日、東京・日本橋で生まれる。兄と妹が1人ずつ。中学生でモデルを始め、連続ドラマ『バス通り裏』(NHK)でデビュー。「日本アカデミー賞」など受賞歴も多数。2013年「旭日小綬章」を受章。本年はドラマ『高嶺の花』(日本テレビ)に出演。「書道を習い続けていて、来年の年賀状も毛筆で書いている最中」。
※女性セブン2018年12月13日号