師匠・三遊亭円楽の「場」を引き継いだ『伊集院光のおたよりください!』は伊集院の新機軸となるか
12月から始まったミニラジオ番組(TBSラジオ制作)『伊集院光のおたよりください!』の前身は『三遊亭円楽のおたよりください!』。師匠・円楽の「場」を引き継ぐに至った伊集院光の覚悟とは? 漫画家で無類のラジオ好きとしても知られる北村ヂンさんがふたりの歴史を紐解きながら解説します。
伊集院が番組を引き継いだ
今年3月、TBSラジオ・朝のワイド番組『伊集院光とらじおと』が終了した。
『大沢悠里のゆうゆうワイド』の後を継ぎ、長年にわたって続いていく番組と思われていた『らじおと』の突然の終了を受け止められず、最終回で伊集院が語っていた「また朝の番組やりますよ。絶対やります。どこでやるかはわからないけど」という言葉を信じて、その日を待ちわびているリスナーも少なくないはずだ。
しかし実は、この12月から密かに伊集院光の朝のラジオ番組がはじまっている。といっても『らじおと』のようなワイド番組ではない。TBSラジオ制作ではあるものの、TBSラジオでは放送されない、ネット局用のミニ番組『伊集院光のおたよりください!』だ。
首都圏ではなかなか聴きづらいのだが、radikoのエリアフリー機能を使うことで聴くことができる。この番組、もともとは伊集院の師匠である六代目三遊亭円楽がやっていたもの。9月30日の死去を受けて伊集院が番組を引き継いだのだ。
伊集院光と落語との距離感
伊集院が元・落語家であることは、現在ではよく知られているが、そもそも「伊集院光」という芸名は、落語家であることを隠してラジオのオーディション番組に出演するためにつけられたもの。ということで、『オールナイトニッポン』をはじめとした伊集院光としての活動初期には、同時に落語家・三遊亭楽大としての活動もしていたものの、両者が同一人物であることはまったく明かされていなかった。
「ギャグオペラ歌手」という設定を信じていたかどうかはともかく、落語家であることを知るリスナーはかなり少なかったはずだ。
『オールナイトニッポン』が話題になったことで、伊集院光としての活動が師匠・楽太郎(当時)をはじめとした円楽一門にばれ、結果的に落語家は廃業することに。以降は伊集院光として活動を続け、ラジオなどを中心に芸能界において確固たる地位を築いている。
一般的に、廃業した「元・落語家」が落語をやるのはNGとされてるという。ラジオで落語家だったことをカミングアウトして以降の伊集院も、落語界とは一定の距離をおいているように見えた。
転機となったのは2020年。師匠・円楽を『らじおと』のゲストに迎えた際に出た「お前も(落語を)やれよ」という発言をきっかけに、「三遊亭円楽・伊集院光 二人会」の計画が動き出したのだ。
伊集院自身が、公開の場で落語をやりたかったのかどうかはわからないが、ラジオなどを経験を踏まえた落語を、師匠に見てもらいたいという思いもあったのだろう。2021年6月13日には実際に二人会が開催されている。
その後、『らじおと』の中で「三遊亭円楽と伊集院光のマクラ」をスタート。伊集院の落語家修業時代の話題を中心に、二人で落語について語るコーナーで、伊集院がとてもうれしそうにトークをしているのが印象的だった。
その中で、故・桂歌丸の話題が出た際。円楽は、(歌丸師匠のように)酸素吸入器を背負ってまでは落語はやれないとしつつも、落語界への恩返しとして、自身が落語を演じられなくなって以降もプロデューサーとして盛り上げていきたいと語っていた。伊集院に落語をやらせたのも、その一貫だったのだ。
「どういう形であれ、バリューのある人が落語をやってくれて、世間が振り向いてくれればいい」
ということで、「円楽・伊集院 二人会」も第二回以降の開催が予定されたいたが、2022年1月25日に円楽が脳梗塞で入院したことによって頓挫してしまった。そのタイミングで、円楽がレギュラーを務めていたラジオ番組『三遊亭円楽のおたよりください!』に伊集院が代打として登場したのだ。
円楽の守った「場」を引き継ぐ
7月21日には、円楽が復帰したものの、まだ滑舌に不安があったためか、伊集院光もアシスタントとして出演し続けていた。
そして9月12日放送分からは、再び円楽の入院にともない、伊集院が一人で番組を進行。9月30日に円楽の訃報が伝えられると、その夜、急遽番組を録り直したという。
当日に録られた回は、さすがに動揺を隠しきれない様子だったが、
「もし師匠のことを思ってくださる方が今、ラジオを聴いていただけているのならば、師匠のためにお線香を一本あげてもらえませんか」
と、この番組のスポンサーが日本香堂であることにかけてきれいにまとめてきたのはさすがの一言だった。
これは単にスポンサーに対するヨイショではなく、五代目円楽の時代から円楽一門をひいきにし、CMキャラクターに起用し続けてきた日本香堂との深い関係性を踏まえてのものだろう。
「こんにちは、師匠・円楽のアシスタント、伊集院光です」
円楽が亡くなって以降も、番組タイトルは『三遊亭円楽のおたよりください!』のまま。伊集院はあくまでアシスタントという位置を崩さずに番組を行っていた。
リスナーとしては、「いつかまた円楽師匠が戻ってきてくれるのでは……」みたいな気持ちにもさせられ、うれしくもあったのだが、やはり故人の名前を冠した番組を続けるというのはいろいろと難しいものがあるのだろう。
12月5日放送分より『伊集院光のおたよりください!』とタイトルを変更し、番組が継続することが発表された。
正直、普段の伊集院光だったら引き受けそうにない番組ではあるのだが、生前、円楽が「名を残すよりも場を残したい」と語っていたように、円楽が守ってきた「場」を引き継いで守っていく覚悟を決めたということではないだろうか。
長年のリスナーとしては、深夜でもなく、朝でもない、伊集院の新機軸として見守っていきたい。
文とイラスト/北村ヂン
1975年群馬県生まれ。各種おもしろ記事でインターネットのみなさんのご機嫌をうかがうライター&イラストレーター。……といいつつ最近は漫画ばかり描いています。