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連載

【連載エッセイ】介護という旅の途中に「第20回 ふたたび勝浦暮らし」

 写真家でハーバリストとしても活躍する飯田裕子さんが、親の介護に直面する日々を綴るフォトエッセイ。

【前回までのお話】

 父の他界後、一人暮らしになった母は、娘との同居を経て、施設に入居した。父母が暮らした勝浦の家を整理し、売却の手続きも行い、ようやく母、娘とも落ち着いた生活になるかと思いきや、母は認知症の症状が進んでしまう。そんな母を見て、ふたたび勝浦で一緒に暮らすことを決意した飯田さんだった。

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愛犬の眠る庭で咲き誇る花

 秋も深まっているというのに、まだ小春日和が続いている。

「黄色いお花は毎日よく咲いてすごいねえ…。ほら、蕾もまだまだこんなに沢山ある」

 母は施設を退所し、ふたたび勝浦の家に戻ってからは、庭を歩くのが日課になった。

 確かにこんなにも咲き続けるマリーゴールドは私も未だかつて見たことがない。

 勝浦の家にふたたび暮らすと決めた証として、昨年急逝した愛犬ナナを埋葬し、黄色のマリーゴールドを植えたのだった。

→関連記事:「第14回 突然のお別れ」

 ナナの明るい性格を表すかのように、花にはいつもバッタや蝶が戯れている。咲いて、咲いて、「いつもここにいるよ、見守っているよ」と花を通してナナの魂が私たちに語りかけているかのようだ。

 そんな花に励まされながら、勝浦での新たな介護の旅が始まった。

 以前、母は「一人で家にいると怖くて」と常々言っていた。

 だから、ナナの死後すぐに私のマンションへ暮らしの場を移したのだが、やはり母にとっての家は、父とともに長く過ごした勝浦の家だったのだ。

 母は今、ナナがいなくてもここで安心して暮らしていられるようになっている。思えば、3年前まではここに父もいて、母は現役の主婦でもあった。そういう意味で今ようやく母は、正真正銘のリタイア生活に入れた心境なのかもしれない。

 しかし、母が友人やヘルパーさんにする会話はことごとく幼い頃に暮らした神田時代と丸の内OL時代の話。どちらも結婚前の話である。

「あの時、こうだったね~みたいな、家族で過ごした時の思い出話、ママの口から出てこないのよ」

 と、私は弟に電話で話してみた。すると、「よほど楽しくなかったんだね、我慢してたんだよ」との見解。

新たに母専用の部屋を設えた

 そのせいなのか、私は最近母を自分の母という気がしない時がある。一応母と娘なのだが、独身で仕事をしてきた老いた女性と同居している。そんな感覚すら覚える時がある。かと思うと記憶は幼少時代へ飛ぶ。

「疎開していた滋賀県ではね、隠居部屋があったからおじいさん、おばあさんはほとんどそこにいて、おばあさんは大きなお鍋で皆が食べる煮豆を作っていたわねえ。私は隠居部屋の梁にブランコ吊してもらってよく遊んだわ」

 そして、そんな話の最後には、昔は年寄りの居場所として、隠居部屋があり、今思えば良き暮らしの知恵だ、と。

 現役世代を見守るご隠居さん。時には邪魔にならずに家族の手伝いをする老人の姿だ。そんな母の言葉にヒントを得て、勝浦の家を父がいた時と違うレイアウトにしようと思いついた。

 一旦は売却する気持ちになり、不動産物件として出したので、ほぼ家の中のものは一掃してある。新しい母の隠居部屋として、以前私が使っていた奥の客間を母の部屋にすることにした。

 そうすることで、ダイニングやリビングで、もし私が仕事の来客を迎えることがあったとしても使いやすい。施設でも個室があり共有の場があったように、家でもそのコンセプトを活かした。

 マンションでは、隔てる壁がなく、どうしても全てを一つの場所で行う必要あったので、そのストレスが嵩んだのだ。私も母も、それぞれにプライバシーを保てることはお互いのためにいい。

 父が使っていた自動リクライニング付きのベッドを母の部屋に運び、洋服や手仕事の道具を施設から運んだ。介護者の私にとってはプライバシーがあるならば、程々に母の様子が遠からず、何気にわかることはありがたい。

 館山の施設に入居していた母だったが、認知症の症状が進んだのではないかということで、施設の勧めもあり、薬を服用していたのだが、施設を出て以来、母は認知症の薬を一切やめた。

「安心」という心のサプリがあれば、多少の物忘れがあっても人は幸せでいられると思うのだ。

手仕事を続ける母

 今も母は編み物などの手仕事を休むことなく続けている。レースのコースター編みは季節に応じて毛糸に変わった。

 とはいえ、複雑な設計図面を見て大作を作るのではなく、私の友人、知人から所望の多い「アクリルタワシ」をインスタレーションのように作り続けている。

 部屋のインテリアも工夫した。中高年時代には母も多少好んでいた金銭の張った品よりも、今は自然で心が和むカワイイ物がいいようだ。

 小さなインテリアの小物や動物の人形なども飾り、ディズニーランドではないが、寂しさを感じない雰囲気にしつらえた。

 庭は、父が趣味の庭いじりで作った場所ではあったが、晩年の作業で造った箇所はどうしてこんな所にブロックが埋まっているのか?と不思議な土木工事の形跡があったりした。

 そんな場所を改造し、季節を感じる花や環境に適したハーブを植えた。汗を流し、筋肉痛になりながら、庭仕事も面白い。

「夜になると外が真っ暗でしょう。電気が見えないと寂しいねえ。だから早く雨戸を閉めないと」

 と、まるで強迫観念に急かされるように雨戸を締め切る母だった。

 そこでソーラー電池で発光するイルミネーションライトを、庭や玄関の暗い場所にデコレーションすることを思いついた。

「庭が暗くなっても、キラキラ綺麗だね」

 怖さが軽減し、イノシシやキョンなどの害獣防御にも役立つ方法だった。

 家の中も外も、だんだんアミューズメントパークのようになってきたかもしれない…(笑い)。

「こないだキョンが夕方庭に降りてきたから「キョン!」って呼んでみたら振り返ってね、手を振ったの」と母。まるで、おとぎ話の野生王国の主人公のようだ。

 人の感覚の中で、視覚情報からの判断は90%以上というが、キラキラ可愛いものを周りに置くことで、介護の重さや老人の心の中が軽やかになることは確かだと実感している。

アレクサに話しかける母

 さらに、私が外出先からでもコミュニケーションできるように、アレクサ(AmazonのAI)を導入してみた。

 房総に移住しきた若い世代の友人宅で使っていたアレクサを見て「そうだ!これを導入してみよう」と早速思いついたのだ。

 田舎暮らしで、移住組の仲間同志は、SNSを通じてすぐに繋がり、情報交換できる友になった。私はもう20年選手だが、近年は地域おこし協力隊など優秀な若い世代が増え、色々と刺激を受けている。

 早速、アレクサを母が普段食事をするテーブルにセットアップしてみた。朝は「アレクサ、おはよう。今日のニュースは?」と始めることにした。

 画面に「アレクサ、今日の一文字は何?と聞いてみてください」と表示されると、母は機械に話すとは思えない、まるで幼子に語りかけるように、「アレクサ~、今日の一文字はなあに?」そして、「この子と話していると疲れるわ~ 笑」と。

 もちろん生きた人間のようにはいかないが、しりとりや、音楽をかけてくれたり、コミュニケーションによっては多様に反応する。

 リマインダーという機能をセットし、毎日、決まった時間に「ケイコ(母の名前)さん、朝ご飯の時間ですよ」、手仕事を続けているので「時々手を休めて水分とってくださいね」とアレクサに言ってもらえるようにセットした。

 そんな昨今だ。極めて平和的な時間が母と私の間に流れるようになった。

 私もそんな母の顔を見て安心し、少しずつ仕事の企画も進められるようになってきた。

(つづく)

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写真・文/飯田裕子(いいだ・ゆうこ)

写真家・ハーバリスト。1960年東京生まれ、船橋育ち。現在は南房総を拠点に複数の地で暮らす。雑誌の取材などで、全国、世界各地を撮影して巡る。写真展「楽園創生」(京都ロンドクレアント)、「Bula Fiji」(フジフイルムフォトサロン)などを開催。近年は撮影と並行し、ハーバリストとしても活動中。Gardenstudio.jp(https://www.facebook.com/gardenstudiojp/?pnref=lhc)代表。

#介護が始まるときに知っておきたいこと

#親の介護

コメント

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この記事へのみんなのコメント

  • タカ

    庭の景色をデコレーションしたり、アレクサを使ったり、「なるほど〜」と関心しました。苦しいだけじゃない、でも楽しいだけでもない、介護のリアルを言葉で伝えてくださり、学ぶことが多いです。次の連載も楽しみにしてます。

  • 池ちゃん

    拝読させて頂きました。 お母様への愛情がひしひしと伝わってきました。 我が家も昨年の春まで、家内と母親と5年ほど同居/介護をしました。戸惑いや苦労の連続でしたが、振り返ると学ばされることや喜びを与えてくれたことも沢山ありました。 これからも拝読させて頂きます。

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