連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第70回 兄、半年ぶりに散髪屋に行く】

 会社勤めを辞めて以来、ほぼ家で過ごす若年性認知症の兄と暮らすツガエさんだが、少しずつ、病状が進む兄のサポートはなかなか大変…。心が千々に乱れるこの頃だ。

 それでも、「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。 

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 * * *

バスタイムは大仕事

 朝「窓を開けて~」と言うと、カーテンを開けたり閉めたりする兄と2人暮らしのツガエでございます。

 夏の間、あまりお風呂に入らなかった兄は、いつでもぷ~んと形容しがたい匂いを放っておりました。世にいう「加齢臭」との混合臭なのか、特に兄の背後にいると距離があってもわたくしの鼻を襲います。たまりかねて「今日はお風呂に入ってね」とやさしく言って、入っていただいても、石鹸で洗わない主義でいらっしゃるのか、湯上がりでも匂いはそのままでございました。

「洗ってあげるよ」とは口が裂けても言えないわたくしは「ま、湯船に浸かるだけでもいいか」と容認しておりました。

 兄のバスタイムはいろいろたいへんです。

 入る前段階から介助が必要です。湯上がりに着るパンツ、靴下、Tシャツを用意して「お風呂からあがったらこれを着てね」と何度も念を押し、「今着ている服はそのカゴに入れてね」としつこく念を押し、本人も「これは着るやつね。これは着るやつ…」と何度も確かめてから入ります。

 それでも「あがったよ~」と爽やかに出てきた兄は、脱いだはずのTシャツをまた着ています。カゴを見るとパンツと靴下ははき替えたのにTシャツだけが兄の部屋に舞い戻っておりました。

 先日は、「明日は病院だから」という理由を付けてお風呂に入っていただきました。出てきた兄はボディーシャンプーの香りはしたのですが、湯上がりでも変わり映えのしない髪型。「髪の毛洗ったの?」と確かめてみると「うん、洗ったよ、ちょっと…」と前髪をモジモジいじっているので、“はは~ん、前髪濡らしただけだな、こいつ”とカチンと来て、「もう一回、服脱いで、お風呂入って、ちゃんと髪の毛洗って」と低めのトーンで言ってしまいました。

 会社に勤めていた頃は、毎月欠かさず散髪に行っていた兄ですが、辞めてからというもの、あまり行かなくなり、ギリギリ結べるくらいの長髪になっておりました。

「シャワーの出し方わかる?」と聞くと「わからない」とのたまうので、仕方なく兄の背後に立ち、シャワー持つ係を担当いたしました。兄専用のリンスインシャンプーのボトルを頭の上からプッシュして、「私に泡が飛ばないように洗って」と注文を付けながら、兄が髪を洗うのを俯瞰しておりました。61歳のおっさんの背中を見下ろすだけのなんとも空しい時間。これを幸せと呼べるなら、わたくしはもう「悟り」のレベルでしょう。

→兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第38回 まさかの入浴介助」

 その翌日は2か月に1度の病院の日。相変わらず1時間以上待たされて3分診療でございます。そんな主治医に「髪伸びましたね。切らないんですか?」と言われてしまったので、よほどだらしなく見えると察し、その帰り、兄が長年利用している理髪店に立ち寄り、2日後の2時に予約を入れました。

 当日は「道がわからない」という兄を途中まで連れていき、「ここからまっすぐだから、はい、いってらっしゃい」と見送り、わたくしは1人帰宅いたしました。

 ドアを開けても誰もいない部屋。それは、久しぶりの喜びでございました。外に行けばいくらでも1人になれますが、家での1人はまた格別。「兄が家にいないだけで、なぜこんなに開放的な気分なのだろう」と不思議に感じながら、なにをするわけでもない静かな時間が流れ、至福でございました。

「帰って来られるかな」と不安げにつぶやいていた兄も、1時間もすると何食わぬ顔で「ただいま」と自分で鍵を開けて帰っていらっしゃいました。少しは道に迷ったかもしれません。でも自宅までたどり着けたのです。不謹慎ですが「なんや帰ってこれるんかい!」とがっかりしてしまった非情な妹でございます。

 ただ、半年ぶりに短く刈り上げた髪の兄は、なぜか認知症感がなく、しっかりした勤め人のように見えました。それはザンバラ髪で生活感丸出しのわたくしに「人は見た目が大事だ」と教えてくれた出来事でもありました。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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この記事へのみんなのコメント

  • T

    いつも拝見しております。 介護の大変さは存じておりますが、お兄さんの優しいところにほっこりしてしまいます。 もう亡くなりましたが、祖父は気性が激しいうえアルコール依存症で暴れまくり、認知症になったあともさらにひどくなり介護するにも難儀しました。 ツガエさん頑張ってくださいね!

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