口の中の汚れが招く怖い病気|糖尿病、脳梗塞、新型コロナも!?
きれいに並んだ白い歯は、清潔感と裕福さを感じさせる。でも、歯をきれいに保つのは、美しさのためだけではない。口の中は、思っている以上に汚れやすく、放置していると取り返しのつかない事態になることも少なくない。一般人も、歯が命なのだ。
日本人は世界一口臭がきつい!?
数日間続いていた歯の痛みがひどくなり、重い腰を上げてようやく歯医者へ。「ここまでひどいと抜かないとダメ」と言われてしまった。
日本ではありがちな展開だが、海外では、実はほとんどないといっていい。著書に『世界の一流はなぜ歯に気をつかうのか』(ダイヤモンド社)がある、歯科医師で日本歯科総合研究所代表の森下真紀さんが言う。
「日本は海外、特にアメリカに比べて相当な“口腔ケア後進国”です。事実、アメリカ人男性の約8割が、歯にトラブルがなくても歯科医院に通っているのに対して、日本人男性で日頃から歯科医院に通っているのは約4割です」(森下さん・以下同)
口腔トラブルの予防のために使うお金は、アメリカ人男性が年間平均約3万6000円なのに対し、日本人男性はたったの6000円だという。
「欧米は歯科医療費が高額なので、できるだけ治療にお金を使わないよう、日頃のメンテナンスを重視します。
一方、日本は国民皆保険制度なので、もし虫歯や歯周病になっても安価に治療を受けられます。そのため、予防意識が低く、重症化してから病院に駆け込む人が多いのです」
その結果、日本人は世界でも「口臭がきつい」「歯並びが悪い」といわれている。そして、その状態を放置していると、さまざまな疾患のリスクが上がるのだ。
歯垢が新型コロナを呼び込む
口の中の菌は、500~700種類。口腔ケアができている人でも、常に2000億個もの細菌が存在する。それに対し、肛門周辺の細菌は約30億個。口の中は「肛門より約70倍も汚い場所」なのだ。
「正しい口腔ケアができていないと、口内細菌の数は2~3倍以上に膨れ上がり、悪さを働き始めます。結果、虫歯や歯周病を招いてしまいます。さらにそうした口の中の病気にとどまらず、全身にも悪影響を及ぼすことがわかっています。その1つが、高齢者の死因に多い誤嚥(ごえん)性肺炎。誤って唾液が気管に入ってしまった際、唾液中に含まれる口内細菌が肺へ流れ込むことが原因です」
1995年の阪神・淡路大震災の直後、高齢者を中心に誤嚥性肺炎による死者が急増した。うがいすら満足にできない状況下で口の中が不衛生になり、口内細菌が急激に増えたためだと考えられている。
「本来、唾液には口内細菌の増殖を抑える作用があります。しかし、高齢になると唾液の分泌量が減り、口内環境が悪化しやすくなります。また、がんなど、体への負担の大きな手術後も肺炎の発症率が上がります。体力と免疫力が低下するのに加え、点滴などで栄養を摂ると唾液の分泌が行われず、細菌が増殖しやすくなるからです」
口内細菌は、粘膜に付着したウイルスの増殖を助ける酵素を作るため、口の中が不衛生なままでいると、感染症リスクも高まる。
「入居している高齢者に歯磨きの指導をした介護施設は、指導しなかった施設と比べて、インフルエンザの発症率が10分の1にまで低下したというデータがあります。また、口の中の細菌数が多いと、新型コロナウイルスが重症化しやすくなると指摘されています。新型コロナウイルスに感染してダメージを受けた肺は、口内細菌が原因の肺炎にもかかりやすく、二重に悪影響を受けるのです」
歯周病の炎症があらゆる病気に…
口内環境の悪化を防ぐには、プラーク(歯垢)をしっかり落とすことが重要なのはいうまでもない。というのも、プラークは、わずか1mgあたり約1億個もの細菌が含まれる“菌塊”なのだ。森下さんは、口内細菌の中でも特に恐ろしいのは歯周病菌だと話す。
「歯周病菌は『嫌気性(けんきせい)細菌』といわれ、空気が届きにくい場所で活発に増殖します。歯周病菌が特に好むのは、『歯周ポケット』と呼ばれる、歯と歯茎の間。歯ブラシでは磨きにくい場所なので、プラークがたまりやすい」
そうして増えた菌が歯周ポケットで炎症を起こすことで、歯をぐらつかせたり、口臭を発生させたりする歯周病になる。仮に上下の歯28本の歯茎に中等度の炎症があった場合、患部の面積を全部合わせると、手のひらくらいの大きさになる。もしこのサイズの炎症が胃や肝臓で起きたとしたら、命にかかわる事態になっていてもおかしくない。歯周病が胃や肝臓などの炎症と異なる点は“痛みがなく、気づきにくいこと”。歯周病は“静かなる殺し屋”なのだ。
歯周病が原因で糖尿病や脳卒中も…
「さらに、歯周病の病変部では、『炎症性物質』と呼ばれる物質が作られます。これがもろくなった歯茎の血管から侵入し、血流に乗って全身をめぐることで、全身にさまざまな健康被害をもたらすことがわかってきました」
その1つが糖尿病だ。
「炎症性物質には、血糖値を下げるインスリンの機能を妨げる作用があるものもあります。ストレスや生活習慣が原因で起こる2型糖尿病患者が歯周病の治療を受けることで、血糖値の指標となるHbA1cが大幅に下がったという報告もあります」
反対に、糖尿病になって免疫力が下がると、歯周病も悪化する。歯周病と糖尿病は、お互いを悪化させあう病気なのだ。近年、脳卒中や心筋梗塞にも歯周病菌が関係していることがわかってきた。
「血液に乗って運ばれた歯周病菌は、血管壁に癒着して炎症を起こし、血管を詰まりやすくする可能性がある。事実、大動脈瘤の発生箇所で、歯周病菌が発見されたという報告もあります。現在、歯周病ほどは問題視されていませんが、虫歯菌も血管を傷つけて、高血圧、動脈硬化をも引き起こす要因になっているのではといわれています」
歯周病でアルツハイマー型認知症の悪化も
さらに、歯周病はアルツハイマー型認知症を悪化させる恐れもあるという。アルツハイマー型認知症は、脳内に「アミロイドβ」と呼ばれる“ゴミ”がたまることで脳の一部に炎症が起こるのが原因だといわれている。
「歯周病菌が血液を介して脳に侵入すると、アミロイドβによって起こる脳の炎症を悪化させ、認知症の発症時期を早めたり、症状を悪化させたりしている可能性があります」
実際に、アルツハイマー型認知症患者の脳で歯周病菌が発見されているほか、反対にマウスの実験では、口の中や歯茎周辺でアミロイドβが発見されている例もある。
森下さんは、「“口は人体の関所”と考えて、丁寧なケアを行ってほしい」と訴える。
「日本人の健康志向は高まっているのに、口の健康を意識している人はまだ少ない。口は食べ物もウイルスも入ってくる“体への入り口”であり、数少ない“目に見える臓器”です。日頃から口の中を見る習慣をつけ、正しいケアを実践すれば、口の中の病気のほとんどは予防できます。ひいては、それが全身の健康にもつながるのです」
まずは、歯周病ケアが正しくできているかどうか、見直すところから始めたい。
教えてくれた人
森下真紀さん/歯科医師・日本歯科総合研究所代表
※女性セブン2020年9月17日号
https://josei7.com/