連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし~「第54回 兄が見ている世界」

 仕事を辞めてからは、ほぼ1日家でテレビを観て過ごしている若年性認知症を患う兄との暮らしをライターのツガエマナミコさんが綴る連載エッセイ。兄の認知症を理解しながらも日々ツッコミを入れたくなること満載の兄の様子に、ツガエさんがその胸中を明かします。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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認知症を持つ家族の心理ステップ 

 8月の今ごろは高校野球の熱い2週間の真っただ中のはずでした。その高校野球の中止が発表された5月の頃「甲子園のために頑張ってるのに高校球児可哀そうだなぁ。なんで中止なんだろ?」と言ってしまう浮世離れした兄と2人暮らしをしているツガエでございます。

 前回(「53回 妹、閉め出される)兄にU字ロックをかけられて、閉め出されたお話しをしましたが、どうも兄は「コロナ」を認識できていないだけではなく、視覚的に3次元が上手く捉えられなくなってきたように思います。以前にした3本の物干し竿を並行にかけられないこと(第31回)にも通じるのでございますが、最近は毎日窓閉めに苦戦しております。

 換気好きなので、わたくしはちょくちょくベランダに面した大窓を開けるのですが、兄は窓を閉めたがる傾向があり、その度に何分間も悩んでおります。

 我が家のベランダに面する大窓は、横幅が1間(いっけん)分(押し入れの幅が1間)と広く、真ん中の柱を挟んで左右にガラス窓が各2枚と、網戸が各1枚はまっているので計6枚の窓枠で構成されています。

 中心の柱が窓枠と同じアルミ製なので混乱を大きくしているのだと思うのですが、柱を何度も動かそうとしたり、スライドが逆で鍵が閉められないのに正しい方にスライドできなかったり、窓を閉めたいのに網戸を移動して鍵をかけようとしたりで、かなりトンチンカンなボケっぷりを披露してくれます。それはもう「わざとですか?もしやツッコメよ、というフリですか?」と思ってしまうほど滑稽でもどかしいエンタメショーでございます。

 ものの本によりますと、わたくしたちに見えているものは脳が作り出しているものだと言われています。目は物理的に物体を捉えているのですが、認識するときは脳が情報処理したものになっているというちょっとややこしいお話しです。

 たとえば、だまし絵は、1枚の絵が見る人によってまったく別のモノに見えたりいたします。夜道で怖い怖いと思っていると何でもない白い布が幽霊に見えたりするのも脳の仕業といえるでしょう。

 何が言いたかったかと申しますと、認知症の脳になってみないと認知症の人が見ている世界がわからないということでございます。

 窓がややこしくて閉められないなど、今のわたくしには考えられません。目をつぶっていても、心ここにあらずでも条件反射的にできること。ところが兄は懸命にどの窓をどう動かしたら締まるのかを考えて尚閉められない。兄の目には開いた窓と閉まっている窓がどんなふうに見えているのでしょうか。網戸とガラス窓の区別はついているのでしょうか。兄はどんな気持ちで窓閉め作業をしているのでしょうか。

 毎回、あれこれ動かしているうちに偶然正解にぶち当たるので、わたくしは口も手も出さずに静観の構えでございます。

 兄が変化していくように介護者であるわたくしも緩やかに変化していると思います。

 これもどこかの記事の受け売りですが、認知症を持つ家族の心理は4つのステップに分けられるそうです。ステップ1は病気とわかる前段階でおかしなことをする家族に戸惑う。ステップ2は病気がわかって面倒をみる中で「なんで私がこんな思いをしなくちゃならないの」という怒り。ステップ3は怒りを通り越した諦め。ステップ4は認知症の家族も介護する自分もありのままに受け入れて取り組む受容の境地。

 今のわたくしはたぶんステップ3を中心にステップ2へ揺れたり、ステップ4のラインを踏んだりしているところだと思います。

 コロナ騒動も半年が経つというのに「旅行先でもマスク姿で記念写真」というアナウンスに「いや、なんでマスク?」とテレビに半笑いでツッコミを入れる浮世離れが止まらない兄と今日も2人暮らしでございます。

→認知症介護、家族がたどる「4つの心理的ステップ」って?

つづく…(次回は8月20日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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この記事へのみんなのコメント

  • Tsukkae-sango

    ツガエ様、大変興味深く拝読しております。母も、右と言えば左に向かい、360度ある視界の中で対象物があるたった10度の範囲だけをかたくなに見ようとせず、5年経っても3mの廊下で迷子になりトイレの位置等覚えられません。物の捉え方に関してはアルツハイマー症になった画家「ウィリアム・ウテルモーレンの自画像」に象徴されています。3次元感覚が壊れていくようです。お兄さんもデイサービスに行かせた方がいいだろうなぁと思いながら、ツガエさんのご健康もお祈りしています。お互いに頑張りましょう。

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