【世界の介護】全米トップクラス!シリコンバレーの高級老人ホーム
アメリカの大きなアイデンティティの一つが「自由」だ。自由とは、色々な選択ができることでもある。ただ、その選択には自己責任が伴う。アメリカは生き方を自由に選択できることと引き換えに、公的な医療・介護制度が日本のように手厚くない。そのため高額な費用負担を覚悟してでも、より快適で自分らしい暮らしを求める人が少なからずおり、それに応える施設がある。
世界各国で高齢者施設を取材してきた、ジャーナリストで社会福祉士の資格を持つ殿井悠子さんが、ユニークな取り組みをしている海外の高齢者施設を紹介するシリーズ。今回は、シリコンバレーにある、全米でトップクラスの高級高齢者施設『ヴィ・アト・パロアルト』から、日本のシニアライフの未来を考える。
高級ホテル並みのサービスを提供
カリフォルニア州のシリコンバレーは、アップルやグーグルといったITやネット関連の街として世界的に名高い。若い技術者が集まっているイメージがあるが、ここで最近、富欲層を対象としたシニアビジネスが注目を集めている。ターゲットを明確に絞り込んだ、日本では考えられないようなVIPサービスが提供されているのだ。
シリコンバレーの北端に位置するパロアルト市は、ハイテク企業の本拠地であるとともに高級住宅街でもある。「ヴィ・グループ」が経営する超高級老人ホーム『ヴィ・アト・パロアルト』はスタンフォード大学の近くにあり、1987年に設立されて以降、ハイクラスに特化したビジネスを展開してきた。入居者の55%以上がスタンフォード大学のOBで、駐在医まで卒業生である。建築はホテルで有名なハイアット社によるものだ。昨今は中国から移住して入居する人も増加しているとか。
エグゼクティブ・ディレクター(取材当時)のスティーブ・ブルドニックさんはこう話す。
「私たちは、何よりもホスピタリティに力を入れています。ここには、入居者の皆さまが必要とするものが、すべて揃っているはずです」(スティーブさん、以下「」内は同)
ちなみに、スティーブさん本人もスタンフォード大学出身で、老年学の博士号を取得している。
上流階級向けのホスピタリティは、ドアをくぐるときから始まっている。エントランス前に車を止めると、ドアマンがスッと近づきキーを預かり、駐車場に移動してくれる。吹き抜けのフロントには豪奢なシャンデリアが下がり、いくつもの廊下が迷子になりそうなほど枝分かれしているホールの中央には、まばゆいばかりのガラスのインテリアがそびえ立っている。
この老人ホームには2種類の棟がある。1つ目は自立した生活ができる人々のための「インディペンデント・リビング」だ。
居室は164平方メートルの広さがあり、ベッドルーム2つに、書斎、浴室が2つ付いている。基本料金は、入居一時金が165万ドル(約1億8000万円)、月額費用4500ドル(約50万円)。月額費用には、朝・夕の2食、水道代、光熱費、週に1回の清掃費、管理費、共用部の利用料金などが含まれる。
入居条件は62歳以上で、継続的に支払いが可能な経済状況を持つことと、介護の必要がないこと。居室は88室あり、入居者535人のうち33%が夫婦で、平均年齢は81歳。高額料金にも関わらず希望者は多く、取材当時も300人が入居待ちの状況だった。
追加料金はかかるが、インディペンデント・リビングの入居者には、本格的なアクティビティが用意されている。
「フィットネスクラブやペットセラピーのほか、オペラ鑑賞などの外出プログラムもあります。入居者が希望する内容は、ほぼ取りそろえていますね。一番の人気は、著名人を招いての講演会。皆さん、ディスカッションが大好きなんです」
それもそのはず。入居者の前職はIT関係の社長をはじめ、弁護士、医師、大学教授など知識と経験にただならぬ自信を持つ人たちだ。入居者が講師を務めるプログラムも少なからず開催される。
「おかげで私たちスタッフも、毎日気が抜けないのです」
そうほほ笑むスティーブさんが大事にしていることは、「入居前と同じ生活の質を提供し続けること」だという。