健康

「日本人の食事摂取基準」の最新版、注目のポイントは「高齢者のフレイル予防」

 厚生労働省が「日本人の食事摂取基準(2020年版)」を公表した。これは、国民の健康の保持・増進や生活習慣病の予防を目的として策定されるもので、エネルギーや栄養素の摂取の基準が示されている。

 今回の改定でとくに注目されるのは、「高齢者の低栄養予防・フレイル予防」だ。この点について、「日本人の食事摂取基準」策定検討会のワーキンググループ構成員である女子栄養大学 上西一弘教授に解説してもらった。

「フレイル」とは?

 フレイルとは、加齢に伴って心身の機能などが弱くなり、「健康」と「要介護」の間の状態であること。フレイルになると日常生活を営みにくくなったり、施設入所、入院、転倒のリスクが高くなったりする。その一方で、フレイルを早期に発見し、適切な栄養摂取や運動などを取り入れることで、フレイルから健康な状態に戻ることもできる(※1)。

 低栄養とは、食欲の低下や食事が取りにくいなどの理由から食事の量が減り、体を動かすために必要なエネルギーと、体をつくる材料となるたんぱく質が不足した状態のこと。

 高齢者の低栄養予防・フレイル予防については、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」で初めて言及された。その理由を上西教授はこう語る。

「一番の目的は、健康寿命を延ばすことです。健康寿命とは、他人の世話にならずに自立した生活を送れる期間のことです。日本人の平均寿命は世界トップクラスですが、健康寿命との差が大きいのです。

 長生きするだけでなく、平均寿命と健康寿命の差をできるだけ縮めて、できるだけ長く自立した生活を送れるようにすることが、新しい『日本人の食事摂取基準』の目的の一つです」(上西教授。以下「」内同じ)

 ※1 荒井秀典「フレイルの意義」日本老年医学会雑誌51巻6号(2014:11)

新しい「食事摂取基準」で変わった3つのポイント

「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、高齢者について次の3つのポイントが変更された。

(1)年齢区分
(2)たんぱく質摂取目標量の下限引き上げ
(3)ビタミンD摂取目標量の下限引き上げ

 それぞれについて、上西教授に解説してもらった。

(1)年齢区分

 これまでの食事摂取基準では、70歳以上を高齢者としてきた。しかし、70歳と80歳とでは健康状態が異なることから、高齢者を「65〜74歳」「75歳以上」の2つに区分した。

(2)たんぱく質摂取目標量の下限引き上げ

 たんぱく質は、筋肉や皮膚、内臓など体のすべての組織をつくる材料となる栄養。「下限引き上げ」によって、高齢者は1日に摂取するエネルギーのうち、15〜20%はたんぱく質から摂取する必要がある。

「改定の目的はフレイルの予防です。『平成30年 国民健康・栄養調査』の結果によると、1日のたんぱく質の摂取量は64〜74歳が74.5g、75歳以上が69.1gと、平均値では基準をクリアしています。ただし、摂取量にはばらつきが大きく、中には目標量に達していない人もいます」

※「推定平均必要量」とは、ある集団(75歳以上男性など)での必要量の平均値を推定した値。つまり、ある集団に属する人のうち50%が必要量を満たすと推定される摂取量のこと(例えば75歳以上男性の50%は1日50gのたんぱく質を摂取していると推定される)。

※「推奨量」とは、ある集団(75歳以上男性など)に属するほとんどのものが満たしている摂取量。

※「目標量」とは、生活習慣病の発症予防やフレイル予防などを目的として設定され、現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量のこと。

 下は、年代ごとの推定エネルギー必要量。例えば65〜75歳男性で身体活動レベルIの場合、1日に必要なエネルギーは2050kcal。そのうちの15〜20%、つまり307.5〜410kcalはたんぱく質から摂ることが目標となる。

※身体活動レベルは、低い(Ⅰ)、ふつう(Ⅱ)、高い(Ⅲ)の3つのレベルに分かれている。レベルⅡは自立しているもの、レベルⅠは自宅にいてほとんど外出しないもの、あるいは高齢者施設で自立に近い状態で過ごしているものに相当する。

(3)ビタミンD摂取目標量の下限引き上げ

 ビタミンDは、小腸や肝臓でカルシウムやリンの吸収を助ける栄養。ビタミンDが不足すると骨が充分につくられず、骨粗しょう症や骨折のリスクが高くなる。食品から摂取するほか、紫外線を浴びることで体内で合成される。

 今回の「目標量の下限引き上げ」により、1日に摂るべき量は大幅に増えた。

「改定された理由は、これまでの目安量が低すぎたこと。また、最近の研究で日本人のビタミンD不足が指摘されているためです。ビタミンDを摂取するには、ビタミンDを多く含む魚の摂取量を増やすこと、適度に日光浴することが必要です」 

※「目安量」とは、推定平均必要量が算定できない場合に設けられる指標。目安量以上を摂取していれば不足のリスクは非常に低い。

かしこく食べるための工夫

 たんぱく質やビタミンDのほかに高齢者に不足しがちな栄養として、上西教授はエネルギーとカルシウムを挙げる。こうした栄養を意識して摂るためのポイントを教えてもらった。

●栄養を小分けにして摂る

 一度に大量に摂るよりも、1日3食に分けて摂ることがおすすめ。

「間食も栄養補給のチャンスにしましょう。おやつに乳製品を摂ると、たんぱく質とカルシウムも摂れますし、水分補給にも役立ちます」

●BMIを意識する

 若いときは太らないための目安だったBMI(※2)だが、高齢になったらやせすぎないための目安としても活用しよう。

「高齢になると食欲がわかない、うまく噛めない、のみ込みにくいなどの理由で食事の量が減り、体重や体力が落ちやすくなります。BMI(※2)が目標より低い場合は、充分なエネルギーを摂って今の体重を維持し、できれば目標とするBMIに近づけましょう」

※2 BMIとは肥満指数のこと。体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))で計算する。体重50kg、身長150cm(1.5m)の場合、BMI=50÷(1.5×1.5)=22.2となる。

●たんぱく質はプラスアルファ食材と

 たんぱく質が含まれる食材は肉や魚、卵、牛乳・乳製品、納豆などの豆製品。これらの食材は食事のたびに意識して摂ろう。

「キウイフルーツに特有の『アクチニジン』という酵素には、たんぱく質の分解を助ける働きがあります。パイナップルにも同様の酵素が含まれています。そのため、キウイやパイナップルをデザートとして食後に食べると、小腸でたんぱく質の吸収されやすくなる可能性があると考えられます」

●ビタミンDは油と一緒に

 ビタミンD は脂溶性ビタミンなので、油と一緒に摂ると吸収されやすくなる。

フレイル予防は若いうちから

 このようなフレイル予防のための食事は、何歳ごろから取り入れるとよいのだろうか。

「年をとってから食習慣を変えるのは大変なので、若いうちに正しい食習慣を身につけておくことが大切です。若いときに朝食欠食や偏食などの癖がついていると、年をとってから直しにくいのと同じです。なるべく若いうちから、たんぱく質やビタミンD、カルシウムを積極的に摂る、適切なエネルギー摂取を意識するなどの食事を続けて、将来のフレイルを予防しましょう」

教えてくれた人

上西一弘(うえにし・かずひろ)/1984年 徳島大学医学部栄養学科卒業。1986年 徳島大学大学院栄養学研究科 修士課程修了。その後、食品関連企業に就職し入院患者向けの流動食の開発に携わる。1991年より女子栄養大学に勤務し、2006年栄養学部教授に就任。カルシウムと骨の研究、アスリートのパフォーマンスを向上させ、勝てる身体を作るためのスポーツ栄養学を研究・指導している。

取材・文/市原淳子

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