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連載

7年のがん闘病を看取った妻、夫の息が止まった時に 

 遠山健吾さん(享年54)は2018年7月、7年間の直腸がんとの闘病の末に亡くなった。前回(→人工肛門も人工膀胱も。直腸がんの夫を自宅で看取った妻の7年間)に続いて、健吾さんを看取った妻の圭子さん(52)のインタビューをお届けする。圭子さんは直前まで在宅で看取ることを考えていなかった。しかし、心の通う訪問診療を受けられたことは、本人にも家族にもとても大きな支えになったと言う。

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「この病院には入れられない」と涙が出てきた

 遠山さんは緩和ケアのある病院を探すことになった。妻の圭子さんはひとつめに訪ねたA病院で受け入れると言われたあと、看護師に「遠山さん、あなただったらしっかりしてるから、おうちで看取れますよ」という言葉をかけられた。

「それまで、うちで看取るなんて考えたこともなかったんですが。看護師さんが『遠山さんだったら看取れると思います。きっといい最期をむかえさせてあげられますよ』と言ってくださって。その時初めて私はそういうこともできるんだと思ったんです。

 ふたつめに行った墨田区のB病院はしーんとしてほとんど人の気配がありませんでした。看護師長さんを待っていたら、車いすの白髪のおばあさんが、コーヒーの置かれたテーブルを前にしてぼーっと遠くを見てました。なんかその姿を見たら、私、涙が出てきちゃったんです。私は、弱音を吐くこともなく7年間病気と闘ってきた主人を、ここには入れられないって。こんな寂しいところには入れられないって」

 遠山さんが、A病院と連携するWクリニックの在宅診療を受けることにしたのは亡くなる1か月前のことだった。Wクリニックは丁寧な診療に定評があるところだった。

自分の口から家にいたいとは言えなかった健吾さん

「W先生は、初めに来た時主人に『遠山さん、どういう状態になったらA病院に行くことにしますか』と聞いたんです。主人は自分が誰だかわからなくなったらお願いします、わけがわからなくなったら入院させてくださいと答えていました。

 1週間して先生がいらして、もう一度『遠山さん、どういう状態になったら入院しますか』と聞いたら、主人は『うーん』って言うんです。先生がこの前はわけがわからなくなったらと答えていらっしゃいましたけどと言っても、はっきり返事しなくて『うーん』ばっかりなんです。

 それで、『先生、多分主人は家にいたいんじゃないかと思います。私はできるだけ家で看たいと思います』と言いました。先生が『良かったですね遠山さん』と言って、主人は『はい、そう言ってもらえるのはうれしいです』と答えていました。自分の口から家にいたいとは言えなかったんです。言えばいいのに。私たちに迷惑がかかると思って、言い出せなかったんです」

 W先生はすぐ「任せてください、もっと私たちに甘えてください」と答えた。夫妻は親身になってくれる医療のありがたさを感じることになる。

すぐに「マッサージもしましょう」「ベッドは動かしましょう」

「それまで通院していた病院の先生を悪いとは申しませんが、全然違ったんです。たとえば通院してる時には、先生に脚がむくんで痛いんですという話をしても、副作用だと言われるだけだし、何度も言ってやっとじゃあおしっこの出のいい薬を飲みますかと言ってくれるぐらいだったんですが。訪問医療のほうは、ちょっと言うとすぐおしっこの出る薬を出してくださり、マッサージもしましょう、それでだめだったらこうしましょうと。何か言ったら全部、対応してくださる。主人とこんな風にしてくださるところがあるなら、『もっと早く知りたかったね』と話しました。

 先生は40才ぐらい、まだお若いんです。先生もすごいし提携している看護ステーションMの看護師さんもすごいんです。『このベッドはこっちの部屋に持って行きましょう』とか言って、すぐばばっとその日のうちに変えてくれたりとか。主人の容態が悪くなってからは毎日来てくださって、点滴のやりかたとか、『これはすぐできるようにこちらに置いておきますからね』とかって全部段取りつけて置いていってくれて」

姑から「死んでしまう!今すぐ入院させなさい!」と怒られて

「地方に住んでいる主人の親は、離れているからわからないのは仕方がないんですが『なんで入院させないの、なんで家におるんよ』と言っていました。末期になって私が、健吾さんは家にいたいんですと言うと、姑に『何言ってるのよ、死んでしまう!今すぐ入院させなさい』ってすごい怒られて。看護師さんにこんな風に言われてどうしようかと思ってと相談したら、『遠山さん、あなたがぶれていてどうするの。いい方法があるから私に任せて』とすぐ先生に連絡してくださいました」

 在宅医療で自宅で看取ろうとする場合、周囲から入院させないとだめだという声が起こることがしばしばある。W先生は、実家の姑に連絡し「今、遠山さんはこういう状態です。入院させたとしても病院でもなんの治療もできないんです。家にいて気持ち良く過ごすのがいいのです」と話して納得してもらい、でも、できるだけ早く一度こちらに来るようにと言った。

 九州から健吾さんの両親と弟が来たのは2日後、亡くなる2日前のことだった。看護師さんが気をきかせて全員で撮ってくれたのが写真嫌いの健吾さんの最後の写真になった。看護師さんは、はにかんでいる健吾さんをうながして、圭子さんとふたりの写真も撮影した。

「この3日でご主人はしゃべれなくなります」

 健吾さんは、人工肛門と人工膀胱を取り換える作業を亡くなる1週間前までやっていた。自分で立っていられなくなって、看護師さんと圭子さんがふたりがかりで支えて取り換えたのは一度だけだった。訪問入浴でお風呂にも入っていた。健吾さんが「気持ちいいです」と言っているところで、圭子さんは、先生に呼ばれて玄関に行った。

「『多分、今日明日明後日、この3日でご主人はしゃべれなくなります。今のうちに大切なことは話しておいてください』と言われました。そして『1週間以内にお亡くなりになると思います』と」

 健吾さんは、長時間眠り続けるようになっていた。その日の午後、圭子さんは目が覚めた健吾さんの背中のマッサージをしてあげた。健吾さんは気持ち良くなったのか、また寝入ってしまったようだった。

「しゃべれなくなるんだと思ったら涙が出て来て。主人の背中にむかって泣いちゃったんです。そうしたら気がついたんでしょうね。私がベッドから降りたら、主人から『今泣いてたでしょう』と声をかけられました。『だって寂しくなるじゃない』って答えたら、枕にふーって顔を伏せて、次に顔をあげてけろっとして『うれしいなあ』と言いました。

 もうろれつもまわらないようなしゃべり口調になっていたんですが。それがふたりでちゃんと会話した最後だったんです。

 主人は自分の世界に入ってしまう人でした。病気になってからも家で介護するようになってからも、何回も『辛いことがあったら言ってよ。1人で抱えないで言っていいんだよ』って言ったんですけど『えー、ないなあ』って答えるだけでした。私はそれがずっとひっかかっていたんだと思います。だけど最後に『寂しくなるじゃない』って言ったら『うれしいなあ』って。たったそれだけの会話なんだけど、それがあったから今、いられるんだと思います。夫婦としてそれがあったから、悔いがない感じです」

 圭子さんは、鼻をすすり、しばらく黙って下をむいていた。

7年間、パパに悟られないようにやってきたのに

「先生にもうしゃべれなくなると教えていただいて、いい時間をもらえたと思います。その日は1学期の最後の日で、子どもたちも早く帰ってきたので『この2、3日でパパがしゃべれなくなっちゃうから、パパとお話してね』とベッドの両側に座らせました。

 そうしたら、主人が子どもたちに将来の話をし始めたんです。気象関係の仕事につきたいと言っている長男には『気象の仕事は天気予報だけじゃなくていっぱいあるから、いろいろ調べて見つけてご覧。おまえはおれに似てるんだよな』と言ってました。次男はいつも先生に怒られたり、なんかやらかしちゃうタイプの子なんですけど『父ちゃんはおまえは化けるんじゃないかと思う。学校の先生とかになっちゃったりするかもしれないな。そうなったら面白いよな』とひとことひとこと、目を見てしっかり伝えていました。子どもたちも真剣に聞いていました」

 そのあと、健吾さんは全員と握手をした。みんな、もうすぐ別れが来ることがわかっていた。それは不思議な感覚だったという。
 
「それまで7年間、私たちはパパに悟られないようにとやって来たのに、その時はすんなり『今までありがとう』って言って主人もありがとうって言って。お別れを言えたんです。全員で握手して、しかも悲しいんじゃないんですよ。笑顔で、今までしてくれたことに、ちゃんとありがとうって」

初めて「痛い!」と大声。長く感じられた15分

 話して疲れたのか健吾さんは、そのまま眠った。

「主人は翌日もほとんど眠っていました。お昼前に、のどが渇いてないかなと思いました。コップを持って行って主人に『パパお水飲まない?』って言ってみました。目を覚ましてコップに手を出そうとしたら、がたがた震えだして、コップと口があわないんです。そのあと『痛い!』と言い始めました。病気になって初めての大きな声でした。あわてて看護師さんに電話しました。土曜日だったんですが、すぐ行くねと言ってくださいました」
 
 看護師が到着するまでの15分がとても長く感じられた。健吾さんはもう痛いと言ってはいなかった。看護師は、脈拍や血圧をはかってから「遠山さん、もう……、ごめんなさいね。あとはご家族で過ごしてください」と圭子さんの肩を軽く叩いた。

 圭子さんは、はっともう最後なんだと思った瞬間のことを今でもはっきり覚えている。健吾さんの後ろに回って肩のところにてのひらを置き、息子ふたりは両サイドに座って手を握った。看護師に大きな声でしゃべったら聞こえると言われて、みんなで「パパー」「父ちゃーん」「ありがとうねー」と声をかけ続けた。

呼吸の間隔があくようになって最後に息が止まった時に

「亡くなる前の呼吸は下あごを動かすようになるというんですが、私たちには返事をしてるようにしか見えなくて。『返事したねえ』『パパ頑張ってー』と、20分ぐらい続けていたと思います。そうしたらだんだん呼吸が間隔があくようになって。

 最後に息が止まった時に、みんなで『パパ、お疲れ様』って言ってあげました。全員で泣いたけど、そのあとはこのぐらいの痛さで済んで良かったねと言いあって、なんだかあったかい気持ちになりました」

 時間は淡々と流れていったという。看護師の連絡で当直の医師が来て死亡診断をし、診断書を書いた。メインの担当看護師も駆け付け「ああ遠山さん、頑張ったね頑張ったね」と泣いてあちこちをさすってくれた。

「看護師さんに『悲しいんですけど、私不思議なんです、あったかいんです』と言ったら、『あ、もう入ったのかもしれないわね』と言われました。『よく、そういうことがあると言われているんです。ご主人が圭子さんの中に入ったのかもしれないって』と、不思議な話をされて、なんだか納得したんです。

 子どもたちももう泣いていませんでした。悲しいんだけど、パパは思っていたように最期までお家で過ごせたし、夏休み初日で子どもたちも家にいたし。すごいねって。パパは全部そういう風にしたんだねって言いあっていました。亡くなって最初に感じたのは、家で看取ってあげられて良かったっていう達成感だったんです」

介護しているかたにおすすめしたい「あったことノート」

 圭子さんは、人に教えられて、4月から健吾さんが亡くなった7月21日まで毎日、あったことをノートに記していた。

「おうちで介護しているかたに、一番おすすめしたいのは、こういうノートを書くことです。日々の積み重ねって、今思い出そうと思ってもなかなか思い出せない。記憶がなくなっちゃうんです。だからその日その日を数行でもいいから、こういうことがあったと書いておく『あったことノート』がいいんです。あとでノートを読んだだけで、あの時こういうことがあったなって、絵がうかぶ、なつかしく思い出せます。

 脚のむくみとか、体温、握りずし4かん食べたなんてことも書いています。先生や看護師さんがしてくれたこと、教えてくださったことも書いています。

 時間がなかったので、ちょっとのすきに少しずつなんですが。朝書いて、主人が寝てちょっと空いてる時にまた何行か書いて、夜、その日をしめる感じで書いて。次の日看護師さんが来た時に、このノートを見ながら水分はこのぐらい取りましたと報告するメモにもなりました」

早く大人になってしまったふたりの息子たち

 圭子さんは、7年もの間、夫健吾さんの世話に明け暮れた。

「発病した時は息子ふたりも小さかったし、これからどうしたらいいかと途方にくれました。でも13時間の手術のあと、夫がか細い声しか出せなくなったのを見て、私が家族を守っていかなくてはならないと思ったんですね。

 実家の母も、私の身体をずいぶん心配して文句を言っていたこともありましたが、今は『頑張れて良かったわね』とほめてくれています」

 父母の7年間を見てきた息子たちも、高校3年生と高校1年生になった。圭子さんは、早く大人になってしまった息子たちに頼ってしまっているんですよと言って笑った。

取材・文/新田由紀子

●人工肛門も人工膀胱も。直腸がんの夫を自宅で看取った妻の7年間

●53才の夫は死に向かう妻とどう接したか、悲しみからどう立ち直っていくか

●1本のFAXが、すぐ死ぬはずの妻を2年半救った

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