連載

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<31>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」を訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 そして、ついに念願が叶い、ウェールズへの旅へ出発する。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着した。

 宿はB&Bの「Ty Helyg(ティー・へリグ)」。早速、訪れた神聖なる大聖堂の中へ入り、ついにジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合う!また、思いがけず、テューダー朝の始祖である国王ヘンリー7世の父、エドモンド・テューダーの石棺にも巡り合う。

 ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上したいという思いを果たすのだった。

 翌日は、バスを乗り継ぎ、次の目的地、ペンブロークに向かう。

 予約していた宿「Old Kings Arms Hotel」は、まるで絵本に出てくるような外観。チェックイン後は、ペンブローク城の城内巡りを堪能する。夕食をとるためにホテル内のレストランの席についたところ、日本の俳優、笹野高史似のホテル支配人から、彼の友人が書いた日本海軍についてのレポート内容について、質問を受け、日本は、東郷平八郎をスパイにして、イギリスの船艦建造技術を盗んだのではないかという説を聞かされた。

 スパイ説が、間違いであること、レポートには多くの誤解も含まれていることを理解してもらったが、英国人が日本人に対して抱いている感情の一部を目の当たりにし、ウェールズも英国の一部であるのだという認識を新たにしたのだった。

 夕食を終え、早めに床につくが、午前3時に目覚めてしまう。たとえ、寝不足でも、英国では、移動中の乗り物では、居眠りなどできないのだ…

→前回(30回)の記事を読む

 * * *

IX だから、私は電車で眠らない、眠れない(2)

(2017/4/12 ペンブローク→ハーバーフォードウェスト→カーディフ)

●今日の予定

 私は早く目覚めたベッドの上でこれまでの旅の様子をノートにまとめたり、カミさんに写真やメールを送ったり、今日と明日の予定を確認している。

 今日は移動日で、ペンブローク・カッスルの停留所からバスに乗り、ハーバーフォードウェストへ。そこからは来た時と反対方向の電車に乗ってカーディフに戻り、市内を歩いて今日と明日泊まるジュリーズ・インに向かう。そういう寸法である。

「Old Kings Arms Hotel」をチェックアウトするのは、ゆっくり目の10時半ぐらいを予定している。

 ペンブローク・カッスルの停留所からハーバーフォードウェスト・バスステーションに向かうバスは「348」と「349」の2系統あり、前者は10時52分に、後者は11時7分に来る。

 でも、時間通りには来るかどうかはわからない。実際、ここに来た時もハーバーフォードウェスト・バスステーションのバス乗り換えスポットに「348」は遅れて来た。

 もっとも、それで結果的にタクシーに乗らずに済んだのだが。とにかく余裕をもって10時40分までにバス停に立っていれば、どちらかには乗れるはずだ。

 そして、ハーバーフォードウェスト駅からは13時23分発の電車に乗ってカーディフに戻る。カーディフ中央駅に着くのは15時47分。今日はホテルに着くだけでカーディフ市内は巡らない。こういう日も必要である。

 カーディフをあちこち回るのは明日13日だ。そのためにまる1日設けたのである。明後日14日はもう帰る日で、カーディフ空港10時発のKLMスキポール空港行きの便に乗ることになっている。

 つまり明後日は早朝にホテルを発たねばならず、市内見学できる時間は全くない。でも明日まる1日あるから、たぶん予定しているところは全部巡れる。幸いここまで天気は最高だ。明日もきっといいだろう。

●オムレツ、最高!

 と、何だかんだいろいろやりながら、もう一度風呂に入ったりしながら、気がついたら7時半になっていた。で、朝を食べに下に降りて行く。

 朝食用のレストランは昨日のメインのレストランと違って、1階フロアのちょっと奥まったところにあった。こぢんまりとしていていささか暗いが、木目調でこういう感じは好きだ。そもそも最近のホテルはどこも明るすぎる。中央にシリアルやジュース、牛乳、ヨーグルト、フルーツが置いてあるテーブルがある。

 私は案内された隅のテーブルに座る。昨日の夕食時とは違った年配の男性スタッフがメニューを持ってきて、朝食の説明をしてくれる。

 卵料理が選べるので私は迷わずオムレツをオーダーする。昔からオムレツとかオムライスは大好きなのである。少し待って、ソーセージやハム、チップス、ビーンズなど、まあ大体がこれまで泊まったところと同じようなものを盛った大皿が運ばれてきた。そして、オムレツが別皿で来た。ナイフとフォークでオムレツをカットし口に運ぶ。

 うまい!

 卵が変に生っぽくなく、固くなりすぎてもいない。私の好きな、さくっと、ふわっとした触感の、懐かしくもある伝統的なオムレツの味だ。昨日の夕食のサーモングリルといい、このホテル、なかなかやるのである。

「ティー・ヘリグ」に続いて、いい宿に泊まった。何か、この旅の運は継続中である。

 紅茶を運んできたさっきの男性に、オムレツがとても美味しかったと伝える。彼は嬉しそうに、シェフに伝えておきますと応じる。

 私は恒例の儀式、つまり食べきれなかったトーストを紙ナプキンで包み、中央のテーブルから青りんごとバナナを1つずつ取ると、部屋に戻る。

 テレビをつけ、BBCウェールズをぼうっと見てると、眠たくなってきた。いいぞ。少し眠るか。でも寝過ごしてはいけないので持って来た目覚まし時計とスマホの目覚ましの両方を9時30分にセットする。

 そのまま、「ピピピ…」と、「とんとこ、すっとことんと…」というダブルの音にハッとさせられるまで、眠ったか起きていたかどっちかわからないような、記憶がふっと消えたような状態だった。ということは眠ったのだ。小1時間ほど。

 荷造りを始める。と言っても大して持って来ているわけではないので、あっという間にスーツケースに詰め終わる。忘れ物がないかもう一度、机やクローゼット、バスルーム、ベッド周りを確認し、最後に枕元のライトデスクにチップの50ペンスを置いて部屋を出る。

 フロントにはササノさんがいた。私は部屋のキーを渡し、クレジットカードを出してチェックアウトの旨を伝える。ササノさんは軽く頷いてパソコンのキーボードを叩き、私にプリントアウトを渡す。これで終了。

 ただ、バス停に向かうにはまだ少し早い。レストランのテーブル席に座り、ぼうっと時間をつぶすことにした。

 その私の横を、出入りの、たぶん酒類の納入業者が、ワインか何か入っていると思しき木箱を持って、行ったり来たりしている。どこか日本で見た風景と似ている。ホテルのスタッフと、出入り業者が交わす会話、冗談でも言っているのか、時たま聞こえる笑い声。毎朝、こういう光景が繰り返されているのだな。

 ペンブローク、また来るぞ。次もこのホテルがいい。ササノさん、お元気で。

 →32回を読む

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桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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