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荒木由美子 義母の20年介護【3】~介護中の方へ伝えたいこと~

 アイドルの絶頂期で13歳年上の歌手・タレントの湯原昌幸さんと結婚、潔く芸能界を引退した荒木由美子さん。しかし、結婚2週間後に義母が入院、その後、病状は認知症へと進行し、およそ20年にわたり、荒木さんは、介護と子育ての日々を送ることになる。

 荒木由美子さんに、いかにして、介護生活を乗り切ったのか、また現在介護中の人達へのアドバイスなどを伺った。

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* * *

夫と子供に支えられ「よく頑張ったなあ」と

――長い介護を全うなさって、いま振り返ると、どのような時間だったと感じますか?

「義母が逝って15年が経ちました。最後にいい時間が過ごせたこともあって、(介護を)悔いなくやり遂げたという充実感があります。でもね、しみじみ『よく頑張っていたなあ』とも思って。

 理不尽なことも多い介護生活によく泣いていました。泣いて泣いて泣いて。でも、泣いたって、吠えたって、やることは同じ。また、明日もあるんだよなぁと思うと、また泣けてくる。小さな子供もいて、どんな精神であの日々を過ごしていたんだろう、と思うことはあります」

――そんなに追いつめられた心を軽くしてくれた存在はいましたか?

「家族と友達。特に夫と子供ですね」

――その、ご友人はどんな方ですか?

「芸能界を引退するとき、芸能関係の友人・知人とは連絡を取り合うことを止めました。ですから、友人の多くは、子供の幼稚園や学校を通じて知り合った方々で、中でもおひとり、本当に心を許せるひと回り年上の女性がいたんです。

 介護や子育ての悩みや愚痴を親身になって聞いてくれて、私の誕生日には『外だとゆっくり話せないから』と彼女のご自宅でお祝いをしてくれました。絵の上手な方で、誕生日にプレゼントしてくださった私の似顔絵は大切な宝物です。信頼できる友人は、苦しいときの支えになってくれます」

――そうした友人は希有な存在ですよね。

「本当の意味で信頼できる友人を探すのは、なかなか難しいかもしれません。

 ですから、介護施設や地域の相談所などで、介護をする同じ立場の知り合いを作るのもいいと思います。説明することなく状況を分かり合えますし、互いの相談も身近です。『そうそうそう』と頷き合ったり、『それは大変ですね』と慰め合ったりできる存在がいるだけでも気持ちが軽くなると思います」

介護を頑張る妻に感謝の気持ちとご褒美を

――ご主人(以下、湯原さん)はどのようなフォローを?

「我が家の場合、介護自体はすべて私が担当していました。ご家庭によって、ご主人やお子さんと分担する場合もあると思いますが、(私の)性格なのだと思います。

 中途半端に手出しをしてもらって『やってるよ』という顔をされるのもイヤだったのかも(笑い)。これは私の考えですが、介護は基本、女性がするほうがいい場合が多いと思うんです」

――それはどうしてですか?

「介護する相手が父親や舅だと違うのかもしれませんが、体を拭いてあげたり、下の世話をしたりするのは、やっぱり女性のほうが上手。きめ細かくケアができると思います」

――そうなると、男性の役割は?

「そうして頑張ってくれている女性に「ありがとう」と言ってあげること。奥さんの心を身近でケアできるのは夫だけです。男性は仕事をしっかりして、経済的な安心感を与えること。介護にはお金がかかります。そして、介護をしている奥さんに常に感謝の気持ちを伝えること。それだけで、介護の苦しさは少し和らいで、奥さんも優しくなれるはずです。

 介護は女性、女性の心のケアは男性。古いようですが、そのバランスが安定するように感じます。実際、湯原さんはいまでも私に感謝し続けてくれています。それは、とても心地いい。介護の時間があったから、いまでもいい夫婦関係が続いているのかもしれません。あと、私は任せることができなかったけれど、お皿洗いやゴミ出しなど、介護以外の家事をご主人が担当するのもいいと思います」

――「言葉の効果」は大きいですね。

「でも、言葉だけじゃなく、モノもあったら嬉しいです(笑い)。疲れたと感じたときなどは、おねだりもしました。『どこそこのデパートに素敵なお洋服があるから、欲しいな』とか。夫がご褒美に買ってくれれば、やっぱり嬉しい。心が華やぎます。

 美容院もね、1年に1度も行かない年もありました。でも、それじゃいけない、と思ったんです。『ちょっと髪、切りに行ってくるわ』と甘えられる状況も作っておかないと……。

 食事にしても、さすがにお夕飯は外に行けませんが、義母が病院に行っている間を見はからって『ちょっと特別感あるランチをご馳走して~』と提案して、二人で外食する。介護に疲れて精神的に切羽詰まっていたり、おねだりなんてしてはいけないという思いから、様々なリクエストをしづらいときもあると思うんですが、そこは訓練。

 夫にリクエストできる状態を作ったほうが、実は夫も嬉しいのではないでしょうか。奥さんの機嫌はいいほうがいいし、私のように夫の親を介護している場合は、誰でも『すまないな』『ありがたいな』という気持ちがあるはずです。でも、その気持ちを言葉にしにくいときもある。だからこそのリクエストです。上手にリクエストしてあげれば、夫は感謝の気持ちを表しやすい。高価なモノや食事でなくても、ちょっとしたことでいいんです」

――湯原さんもリクエストには応えてくださいましたか?

「もちろん! カレはいつも言うんです。『ワインと女性には絶対にマイナスのことを言ってはいけない』って。これ、名言(笑い)。夫のそういう気持ちがあるから、介護も続けられたのかもしれません。介護の現場自体は私だけが活動していましたが、夫のフォローは完璧。私たちはそのバランスが良かったと思います」

――なかなか高度なテクニックに感じますが(笑い)、いま家族を介護する妻にも、それを見守る夫にも有益なアドバイスですね。

「本当にそう思います。日本人の男性は身近な人を大切にできないケースが多いと聞きます。でも、それはダメですね。身近な人だからこそ、大事にしなければいけない。ましてや、介護をしている女性は本当に身も心もボロボロ。見て見ぬふりをするのではなく、言葉でのフォローを惜しまない。

 そしてときにはお財布のひもを緩めてモノや時間で感謝を表す。そして、女性は、上手に甘える。もっと言うなら女性ならではの優しさを忘れないことは大事です」

介護中も女性であることを忘れずに

――介護中も女性であることを忘れない、と言うと?

「たとえばメークを忘れない。アクセサリーをつけたり、爪のケアをすることまではできないけれど、介護の時間はまとめている髪をお客様がいらっしゃるときはふわ~っとおろす。お洋服も毎日同じモノは着ない、と決めるんです」

――ハードルが高いです。

「そう決めて実行している私に『由美子さん、それは昔女優さんだったからできることよ』と言う人もいました。でも、そうじゃないの。それは意識の問題。

 旦那様に奥さんに会いたいな、うちに帰りたいな、と思わせないとダメですよ。特に介護中は家の中は戦争ですから、とかく夫は家に帰りたくない、という気持ちになりがちです。その気持ちを払拭してもらうためにもそうしたほうがいいと思いますね。

 それにね、メークして着替えると自分のスイッチが切り替わります。リフレッシュできるんです。フルメークは難しくても、口紅を引くだけで気分は変わります」

40才のとき、取り残された気持ちで苦しくなった

――なるほど。夫婦共に小さな努力を怠らないことが、介護生活を乗り切るコツのひとつですね。

「そう思います。とはいえ、私も介護真っ只中のときには、それを完璧にできていたわけではありません。でも、そうありたいとは思っていた。それが大事なんですよね。

 正直、40才になったとき、将来のことを考えて、ちょっと怖かったんです。子供が成長するのは嬉しいけれど、私だけが取り残されていく、介護は終わりのないトンネルに感じるし、どんなに頑張っても報われない気がしました。

 嘘でもいいから『大丈夫よ、報われないなんてことはない』と誰かに言って欲しい気持ちもあれば、『友達に言ったって仕方がない』という気持ちもある。日々刻々と状況が変わり、気持ちも変わる。思い返しても苦しかったですね。

――その苦しさを乗り越えるひとつの方法が「施設」に頼ること、ですか?

「それもあります。私は介護は最後まで自宅で、と考えていましたから、施設に預けなければ続かないと決定したときには、心が痛んだし、とても後ろめたかった。

 でもね、そんなことはないんです。施設には介護のプロがいらっしゃいます。その方々にお任せするのもひとつの選択。誰かの手を借りることが、介護をないがしろにすることではない。制度も少しずつですが良くなっているので、自分ひとりで抱え込まないことが大事だと思います」

「頑張らない」覚悟と「頑張る」覚悟

――「介護を抱え込まない勇気」ですね

「そうですね。介護は人生の中でいちばん難しいことでした。”頑張らない”覚悟も必要だし、でも”頑張る”覚悟がないと続けてはいけません。

 介護真っ只中のときは、どこまでも続くトンネルに途方に暮れることもありましたが、あの経験があったから、いま、幸せの意味が分かります。

 現在、介護真っ只中の方は、きっとあの頃の私と一緒。遠くを見ると苦しくなるので、今日1日、1日1日の介護をして、明日のことは明日考えればいいんです。

 介護される側は暴言を言うし、ひどい態度もとることもあるけれど、明日になったら『おはよう』と昨日のことはすっかり忘れている。だからこちらも『おはよう』と返して、また新しい日を始めればいい。

 優しくなれずに、自分を責める気分になったら、手を握ればいい。介護が苦しいままの終わりはないことを私は知っています。だから大丈夫。絶対に大丈夫。上手に誰かの手を借りて、甘えて、また頑張る。介護を全うした先には、人間としての引き出しが増えて奥行きのできた自分がいるはずです」

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荒木由美子

佐賀県神埼市生まれ。第1回ホリプロ・タレントスカウトキャラバン」にてデビュー後、シングルレコードを10枚リリース、多数のレギュラー番組を持ち、アイドルとして歌謡以外にも司会やドラマなどで活躍。1983年に、歌手の湯原昌幸と結婚を機に芸能活動を引退。同居の義母を20年にわたり介護する。義母を看取った翌年2004年に芸能界復帰。義母の壮絶な介護体験を記した書籍『覚悟の介護』がビッグヒットとなる。

2017年12月に37年ぶりの新曲となる『私はブランコ』をシングルリリース。NHK『みんなのうた』で、12月1月の曲として放送。また。同CDに収録の『ありがとうはエンドレス』は、介護をやり遂げた荒木さんの人生が重なると話題を呼んでいる。

撮影/津野貴生 取材・文/池野佐知子

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この記事へのみんなのコメント

  • かっぱちゃん

    両親の里は佐賀ですが、私は父親の関係で満州にいました。引き上げ者です。父親は引き上げて来てからは、お前が働けと言った様だが、今では考えられない事。その父親が認知症になりましたが、母は明治生まれでしたが、懸命に介護し、やっぱ佐賀のオナゴは強か~と感じました。かと言ってたら、こちらがその年になりしたが、もし、私が元気なら家内の生涯は楽しくと思ってまし、逆になっても佐賀のオナゴは由美子さんの様に強いから安心してます。

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