ボケる前にやっておきたいリスト|徘徊・運転事故・介護・資産管理…「転ばぬ先の杖」必須知識
どれほど健康に気をつけていても、ある日突然認知症になるリスクは誰にでもある。「万が一」のために、あらかじめ備えられることとは何なのか―。家族や世間に迷惑をかけないために今からできることをチェックリスト形式で紹介する。
認知症発症後は手続きできない
老後生活の大きな心配事となるのが、「もし自分や家族が認知症になったらどうするか」ということだ。
認知症患者は2025年には700万人に達し、実に65歳以上の5人に1人が発症すると予想されている。
いざ認知症になってしまったら、介護や治療、資産管理など、家族には大きな負担がのしかかる。
母親が認知症を発症したAさん(62)は、介護に必要なお金を母親の預金から引き出そうと考えたが、母親が通帳や印鑑をどこにしまったのかが分からない。
「本人に聞いても分からず、家中探し回ってようやく見つけ出しました。ところが銀行に行くと『本人が一緒に来るか、委任状がないとお金は下ろせない』の一点張り。でも、母はすでに委任状を書ける状態ではなく、本当に困りました」
認知症になってから「この準備さえしておけば……」と後悔することは少なくない。その手続きを知り、元気なうちから準備しておくことは、親を世話する負担を軽減するうえでも、自分が家族に面倒をかけないためにも重要だ。
「認知症になる前」に先回りしておく手続き【チェックリスト】
※以下、上の表と同じ内容
●生活トラブルを防ぐためにやっておくべきこと
□「GPS機能付き携帯電話」に変更する
やっておくと助かること:「徘徊」時に発見しやすくなる
□郵便局の「見守りサービス」に登録する
□教習所の「運転講習」を年に1回受ける
やらないと困ること:免許更新の間に認知機能が衰え、高齢ドライバー事故の当事者に
□よく行くスーパーや友人宅などの場所を地図化し、自宅に貼る
やっておくと助かること:心当たりの場所を探させる
□自治体の「バス・タクシーの割引きサービス」を確認する
□「ペットホーム」の入居を検討する
やらないと困ること:誰も世話を引き継がず、ペットが“孤独死”しかねない
□パソコンやスマートフォンの「パスワード」を共有する
やらないと困ること:家族が解除できない
●お金のトラブルを回避するためにやっておくべきこと
□「代理人カード」を作成する
やらないと困ること:用意しないと家族がお金を引き出せない
□「定期預金」を解約しておく
やっておくと助かること:普通預金の方が引き出しやすい
□「預金口座」をまとめる
やらないと困ること:複数あると家族が管理できず「休眠口座」に
□「固定電話」を解約する
やっておくと助かること:オレオレ詐欺の予防に効果的
□銀行の「貸金庫」に預金口座の暗唱番号のメモ、通帳、印鑑を預ける
やっておくと助かること:厳重に管理できる
□自動車の「名義変更」「廃車手続き」を済ませる
やらないと困ること:自動車税などコストがかさむ
●介護の苦労を回避するためにやっておくべきこと
□「地域包括支援センター」を訪れ、介護予防の「基本チェックリスト」を受ける
やっておくと助かること:要介護認定などの申請がスムーズになる
□在宅介護か施設入居かの希望・方針を話し合う
やらないと困ること:「家族に迷惑をかけたくない」「自宅で最期を迎えたい」などの希望が叶わなくなる
●治療が必要になった時に備えてやっておくべきこと
□「健康保険証」「診察券」の保管場所を共有する
やらないと困ること:以外と見つからない!
□「既往歴」のメモを作成し、持ち歩く
□「お薬手帳」を作成し、持ち歩く
やっておくと助かること:持病や薬の副作用などの情報が伝わる
□「エンディングノート」を共有する
やらないと困ること:望まない延命治療を受けさせられかねない
●相続トラブルを未然に防ぐためにやっておくべきこと
□「遺言書」の保存場所を共有する
やらないと困ること:死後に見つからなければ無駄に
□「遺言執行者」を決め、遺言書に記す
やらないと困ること:指定しないと、相続人の手続きが煩雑になる場合も
□有価証券、土地建物などの重要書類の保存場所を確認する
やらないと困ること:追加徴税のリスクも
□「借金」の有無を確認しておく
やらないと困ること:「負の相続」を背負うことに!
「メモだけ共有」も有効
前出のAさんのように、通帳や契約書など重要書類などの「保存場所」が分からなくなる例も多い。
税理士でファイナンシャルプランナーの松浦章彦氏がアドバイスする。
「最低限、預金のある銀行名・支店名と口座番号、証券会社・支店名、不動産の地番と家屋番号は共有しておいたほうがいい。お金に関する情報を元気なうちから家族と共有することに抵抗感を持つ方は、保存場所や暗証番号などをメモに残し、銀行の貸金庫に保管している、ということだけを家族と共有しておくのも有効です」
意外と知られていないが、銀行で「代理人カード」を作っておくと安心だ。
「親子で銀行に出向き、『代理人届け』の申請をすれば、口座の持ち主でなくても『代理人カード』というキャッシュカードを持てます。ただし、後々揉めないように、あらかじめ他の家族と“誰が代理人になるか”を相談しておくことが大切です」(松浦氏)
認知症になると、「病気」や「死」への準備もできなくなる。「施設で介護を受けたい」「延命治療は拒否する」といった希望・方針は、元気なうちに確認しておく。あるいは家族が迷わずに済むように、自分から意思表示しておきたい。
「遺言書の有無は必ず確認しておきましょう。希望をエンディングノートに記す場合は、保存場所を家族で共有しておかなければ意味がありません」(松浦氏)
「免許返納すれば安心」は間違い。返納したことを忘れてしまう
怖いのは、突然に認知症の症状が現われ、大きなトラブルをもたらす可能性があることだ。
介護・福祉に関する研修を年間100回以上行なう、ケアタウン総合研究所代表の高室成幸氏が語る。
「アルツハイマー型認知症は初期から『徘徊』の症状が出ることがあります。いつの間にかいなくなって初めて認知症だと気づくことになります。認知症による行方不明者は年間1万5000人以上といわれます。元気なうちから『GPS付き携帯電話』に代えたり、郵便局や自治体が定期的に自宅を訪問してくれる『見守りサービス』に加入しておくと安心です。また、普段の行動範囲を把握しておくだけでも行方を探しやすくなる。よく行くスーパーやコンビニ、友人宅、床屋などの場所を地図に記入して自宅に貼っておくとよいでしょう」
高齢になると車の運転も心配だ。12人が死傷した池袋での87歳男性による暴走事故をはじめ、高齢者ドライバーによる事故が頻発している。
警察庁の調査では、18年に交通死亡事故を起こした75歳以上のドライバーの約半数に「認知症の恐れ」、「認知機能低下の恐れ」があったという。
現在、70〜74歳のドライバーには3年に1度の免許更新時に高齢者講習がある。75歳以上にはそれに加えて認知機能検査が義務づけられているが、高室氏は「その頻度では不十分です」と語る。
「認知症や認知機能低下は急速に進みます。池袋の事故でも、暴走運転した87歳の男性は2年前の免許更新時に認知機能検査を受け、問題はないとの判定を受けていたそうです。認知機能の衰えに自覚がない人でも、少なくとも75歳をすぎたら年1回は教習所で運転講習を受けておいたほうがよいでしょう。リアルタイムで遠隔監視が可能なドライブレコーダーを取りつけ、家族が運転技術をチェックしたり、アクセルとブレーキの踏み間違いを防止する器具を取りつけるなどの対策の検討が必要です」(高室氏)
相次ぐ高齢ドライバー事故を受け、運転免許を自主的に返納する人も増えているが、返納したからといって安心するのはまだ早いという。高室氏が続ける。
「認知症になると直近の記憶ほど忘れやすくなるので、免許を返納したこと自体を忘れて運転してしまう例は少なくありません。免許返納を考えている人は、車を運転しない生活に慣れておくことが重要です。車に乗らない生活を半年〜1年以上続けておけば、認知症になってから運転してしまうリスクは少なくなります」
「介護・入院」が必要な局面を迎えると、家族が慣れない手続きに追われることになる。
そこで頼りになるのが、市区町村にある「地域包括支援センター」だ。
「保健師や社会福祉士、ケアマネジャーなどの専門家がいて、無料で相談に応じたり、受けられる介護保険や福祉サービスなどを紹介する“基本的な窓口”になってくれる場所です。認知症になった後は、自分や家族が相談などで何度も通うことになるので、元気なうちに最寄りのセンターを訪れておくとよいでしょう」(高室氏)
センターを訪れた際には、厚労省が65歳以上を対象に作成した25項目の介護予防の「基本チェックリスト」の判定を受けておくと、より備えがしやすくなる。
「チェックリストの結果と合わせて、自宅や施設で介護を受けるための知識や、近隣の人が利用しているデイサービス、認知症専門医がいる周辺の医療機関などの情報を担当者から仕入れて、家族で共有しておくと、いざという時の対処がスムーズになります」(高室氏)
いつ発症するか分からない認知症。「まだ大丈夫」と思わずに、元気なうちから手を打つことが肝要だ。
※週刊ポスト2019年9月6日号