エルサレムはどこの国のものか?池上彰が解説
トランプ米大統領が「エルサレムはイスラエルの首都」だと宣言したことから世界に大きな波紋が広がっている。そもそもなぜこれが大問題になるのか。池上彰が著書『池上彰の世界の見方』(小学館刊)で詳しく解説している。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地として
「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ神を信じる兄弟のような宗教です。その三つの宗教がともに聖地としているのがエルサレムです。パレスチナ地方、現在のイスラエルの中にあります。
ユダヤ教にとってエルサレムは、神から約束された土地カナンです。そして、ユダヤ人の祖先であるアブラハムが神に信仰心を試された「聖なる岩」のある神聖な場所でもあります。
一方、キリスト教にとっては、イエスが十字架にかけられた場所がエルサレムのゴルゴダの丘。そしてイスラム教では、メッカからエルサレムにやってきたムマンハドが聖なる岩に手をついてそこから天に昇り、天の声を聞き再び地上に戻った場所です。
三つの宗教の信者たちが、この地を管理するのは自分たちだと互いに譲らず、対立を続けてきました」(『池上彰の世界の見方──15歳に語る現代世界の最前線』より。太字は編集部、以下同)
この聖地エルサレムをめぐり、キリスト教とイスラム教が対立した歴史的な事件が、世界史の教科書にも載っている「十字軍」だ。11世紀初頭から13世紀後半にわたり、大きなものだけでも7回の十字軍が聖地エルサレムを目指して行軍した。
一時は聖地の奪還に成功したこともあったが、イスラムの攻勢により徐々に勢力を失い、以降20世紀まで、エルサレムはイスラムの支配するところとなった。
イギリスの三枚舌外交がすべての発端に
19世紀後半、それまで迫害され続けてきたたユダヤ人たちがヨーロッパでシオニズム運動を起こし始める。
シオニズムの「シオン」とは聖地エルサレムのこと。ユダヤ人は紀元前、ここに王国を築いていたが、その後、ローマ帝国によって滅ぼされ、追い出されたユダヤ人は世界中に散らばっていった。ユダヤ人の「自分たちの王国があった場所にユダヤ人の国を再建しよう」という運動が、シオニズム運動である。
その後20世紀初頭に、第1次世界大戦(1914~1918年)でオスマン帝国が敗れる。『アラビアのロレンス』は第1次大戦中のオスマン帝国からのアラブ独立闘争を描いた映画だが、この発端はイギリスの三枚舌外交だった。
「イギリスは「フセイン・マクマホン協定」でアラブの独立を約束しながら、一方でフランス、ロシアと「サイクス・ピコ協定」(1916年)を結びます。これはオスマン帝国が崩壊したら、この領地をイギリスとフランスとロシアで分割しようというものでした。
一方、イギリスの外務大臣バルフォアが、イギリスのユダヤ人コミュニティーのリーダーに、オスマン帝国が崩壊したら、パレスチナにユダヤ人のための「ナショナルホーム」をつくることを認める、という内容の書簡を送ります。これは裕福なユダヤ人から戦争のための資金を調達したいからでした。(中略)
アラブ人には、アラブの国をつくると言い、ユダヤ人にはユダヤ人の国をつくると言う。しかしイギリスとフランスで分割しようという密約もしていた。これが文字どおり、イギリスの「三枚舌外交」です」(『池上彰の世界の見方──中東』より)