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『希望のごはん』ができるまで~介護食に新風を吹き込んだ愛のstory<中編>

 ある日突然、家族の介護をすることになったら──口腔底がんと食道がんが発覚した愛する夫を、自ら開発した介護ごはんで支える日々を介護エッセイ&レシピ本『希望のごはん』(日経BP社)に綴った料理研究家のクリコさん。前編に続き、今回は、介護食を作る際の留意点や、クリコさんが編み出した工夫などについて聞いた。【全3回、中編】

飲み込みやすいものにも、誤嚥の危険がある

――介護食は普通の家庭料理と比べて、どんなことに留意して調理なさいますか?

「介護食では、『誤嚥』と『窒息』といういちばん気をつけなければいけない注意点があります。そこが普通の家庭料理と決定的に違うところですね。

 噛む力と飲み込む力が弱くなると、咀嚼(そしゃく)して唾液と混ぜて、飲み込みやすい形を作って、食道に送り込むという一連の動作が正常にできにくいので、気管に入って誤嚥する可能性がすごく高まります。それを防ぐために食材の形状や調理法に注意しないといけない。材料によっては、誤嚥だけじゃなく、気管を塞いで窒息で命を落とすこともあるので。

『柔らかい』というキーワードから介護食を調べていく中で、誤嚥や窒息に注意しなきゃいけないことも徐々にわかってきていましたが、そうはいっても完璧な知識ではないので、思いもかけない危険もありました。

 主人に柔らかく茹でた里芋を出したときに、『口の中で遊ぶ』って言われたんです。里芋は表面がツルツルしているので飲み込みやすいと思ったら、いつまでも口の中でツルツルして飲み込めないと。きのこを出した時も同じだったので調べてみたら、ツルツルしているってことは勢いよく喉に入って、それが気管を塞いで窒息してしまうこともあるので、すごく危険だとわかりました。

 たまたま主人は飲み込めなかったのでよかったですが、飲み込みやすいと思ったものがすごく危険だと知った時は本当にぞっとしました。なんで病院で教えてくれなかったんだろうって、非常に残念でしたね」

実は、危険な「刻み食」

 クリコさんは、介護食作りを勉強するうちに、一般的な介護食の情報には、誤解されていることが多いと気づいたという。

――介護食の作り方が誤解されている場合があるようですね。

「介護食というと、『噛む回数を少なくする=食べやすい』ということで、だいたい食材を小さく刻みます。だけど、小さく刻むだけでは実は危険で、細かく刻むほど口の中でバラけて、ちゃんと飲み込めず口の中に残ったまま、気づかないうちに誤嚥して、それが誤嚥性肺炎になって命を落とすことがあるんです。

 今は周知されつつありますが、細かく刻んだ場合は必ずとろみをつけなくてはいけないんです。とろみをつけることで一つにまとまって、ゆっくりとのどを通過していくので気管に入りにくくなるんです。でも2012年に調べていた当時、老人福祉施設などでは刻み食は当たり前に出されているようでした。

 こんな危険なことが高齢者施設でも徹底されていないんです。高齢者の肺炎の約7割は誤嚥が関係しているという報告が上がってきたのも最近のことなので、もしかしたら福祉施設の中でもまだ刻んだまま出している所は多いかもしれないですね」

――介護職に携わる側でも、なかなか理解されていないことがあるんですね。

「そうでしょうね。ようやく、今になってわかってきたことなんだと思います。私の場合は、なかなか介護食の本が手に入らなかったり、市販の介護食品も主人の口に合う物がなったりしたので、自分で作るしかないとインターネットでずっと調べていたんですが、口腔外科のHPで、病院内で作られたいろいろな食事の評価が掲載されていたのを見て、刻んだだけじゃだめだということを初めて知りました。

 その時は、こんな重要な情報がなんで病院内だけで、いちばん欲しい私の所に届かないんだろうって思いました」

「バラ酸っぱサラ・パサ切るペタ」

 クリコさんは、命にかかわる誤嚥を起こすことがないように、自ら気をつける方法を編み出したという。

――誤嚥しやすい6つの特徴をまとめた言葉「バラ酸っぱサラ・パサ切るペタ」(※)は、呪文のようで覚えやすくていいですね。

(※ バラバラ、酸っぱい、サラサラした液体、パサパサ、不揃いに切ったもの、ペタペタ貼りつく)

「お買い物をする時に忘れちゃうので、かまぼこはバラバラするから買っちゃいけない、寒天はダメ、ひき肉もダメ…と、覚えておくために呪文を編み出したんです(笑い)。

 実は介護食本にも危ないレシピが載っているんですよ。ごはんの上に鰻を乗せたレシピとか、普通のごはんを食べられるくらいなら、そもそも介護食じゃないんです。単に鰻は柔らかいという発想なんですが、そこにスライスしたきゅうりが散らしてあるです。きゅうりのスライスなんて誤嚥もするし窒息もするしすごく危険ですよね。それを見た時に、『人の命をなんだと思ってるんだ!』って怒りがわいてきて。

 だから自分でも気をつけて、料理の彩りだけを考えて、ハーブやあさつきのみじん切りなどを散らすことはやめました。すごく誤嚥しやすいものを省いて、美味しそうに盛りつけることを考えながら料理を作っていましたね。

 食欲をそそるようにちょっとお酢を入れるときも、むせると危ないので加熱して酸を飛ばしたり、お出汁でちょっと薄めるなどの工夫もしました」

作る人も食べる人もハッピーでいるためには

 介護食作りは、普通の食事を作るより大変かもしれないが、クリコさんは、心の支えになるのは、結局、食べる人の気持ちを考えること、喜んでくれたときの様子なのだと話す。

「私の場合は料理教室をお休みして、自分の時間を全て介護に使えたので、すごく恵まれた環境にありましたが、それでも介護食作りは大変だったんです。じゃあ作る人と食べる人がハッピーな状態でいられるにはどうしたらいいのか。

 一生懸命作った相手に対して、食べる人が「美味しかった」とか、ちょっと感謝の気持ちを言葉に表してくれたら、やる気が出ますよね。だけど、介護食は普通の食事よりも一手間、二手間かかるので、それを時間の無い人やお料理があまり得意じゃない人が、どうやったら負担なくできるのか──。

 それは突拍子もないものを作るのではなくて、まず食べる人のことを考えることだと思います。噛む力が弱くなった今、好きなものをどうやって食べさせてあげられるかを考える。たとえばお刺身が好きで、切り身が食べにくいのであれば、マグロや帆立、甘海老など柔らかいお刺身を細かく刻んであげたり、わさび醤油だけじゃなくて、イタリアンソースでカルパッチョにしたり、中華味など味を変えてあげたりとか。

 美味しそうに盛りつけることも実は大切で、お料理を出した時に、食べる人が『美味しそう!』って思えたら自然と食欲もわいてきますし、それを『美味しい』って完食してくれると作った側も嬉しくて、『またがんばろう』って、良いスパイラルになっていくんじゃないかなって思います」

 好きな物を食べて笑顔になり、体力を回復させてほしい──「カニポテトクリームグラタン」に「ふわふわ海老つみれ揚げ」、クリコさんはご主人の大好物を介護食にアレンジした料理を次々と作り出していく。デザートでカロリーアップにも成功。クリコさんの作り出した、見た目も美しく、食べやすさにも配慮した介護食のお陰もあり、ご主人の食はどんどん進むように。流動食だけで体重も7kg増えて元通りになり、担当医たちを驚かせる。そして、ついに4か月ぶりの職場復帰を果たした──。

 最終回では、介護食作りの工夫やコツなどを紹介する。

→前編を読む

→最終回を読む

クリコ

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本名、保森千枝。料理研究家・介護食アドバイザー。大手IT企業の広報として勤務中に夫・アキオと出会い結婚・退職。夫の勧めで始めた料理教室が好評に。その後、口腔低がんが発覚し、噛む力を失った彼のために「味が良く、見た目も美味しそうな介護食」作りのノウハウを確立して夫を支え、職場復帰も実現させる。

◆「クリコ流ひとりひとりの介護ごはん」(http://curiko-kaigo-gohan.com/ )で新作レシピを掲載中。
◆ベネッセの介護相談室「クリコ流介護ごはん」(https://kaigo-sodanshitsu.jp/recipe/)では、総合監修を担当。介護に関する情報やレシピを発信している。
◆『希望のごはん』掲載全レシピをクックパッド(https://cookpad.com/kitchen/13834288)で公開中。


撮影/浅野剛(人物)、クリコさん(料理写真)

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