《稼働率25%からV字回復》芸人・柏崎桃子がシングルマザーとして挑んだ介護職で得た「頼る力」と子育ての学び
お笑い芸人、介護福祉士と二足のわらじを履き、底抜けに明るいキャラクターで周囲を笑顔にする柏崎桃子さん(47歳)。18歳で長男を出産し、軽度の発達障害がある息子を女手一つで育て上げ、26歳で介護の世界へ飛び込んだ。働きながら介護福祉士の国家資格をストレートで取得。その後、デイサービスの施設長を任されるなど、介護職としてキャリアを築いてきた柏崎さんに、仕事と育児を両立してきた軌跡や、介護現場で働き続ける理由を聞いた。【全3回の第2回】
お金をかけず最短ルートで一発合格。自己流だった介護技術を学び直す
――働きながら介護福祉士の国家資格を取得されたそうですが、家事や育児に追われるなかでの試験勉強は大変でしたか?
柏崎さん:実は、同僚と楽しく勉強していたんです。昼休みなどのちょっとした時間に簡単な〇×問題集を開いたり、先輩が残していってくれたプリントを解いたり。ひたすら2人で問題を出し合って、クイズ番組みたいに勉強していたら一発で合格できました。
当時は一人で息子を育てていて、資格取得にお金をかけられませんでした。今でこそ初任者研修から実務者研修は一定の費用がかかるのが主流だと思いますが、私が受けた頃は、ヘルパー2級を取って3年働いてから、筆記と実技試験を受けるか、事前に講習を受けて筆記のみ受けるという選択肢がありました。一番安く済むのが「3年実務を積んでから、国家試験の筆記と実技の両方をそのまま受ける」というルートだったんです。私にはこの道しかない! と腹をくくって挑戦しました。
――国家試験に向けて学ぶ過程で、知識や技術のアップデートはできましたか?
柏崎さん:だいぶできましたね。当時の実技試験って、試験官の前で実際に介護する動きを見られるんです。そのためにビデオを観ながら勉強したので、自分が今まで、いかに非合理的な介護をしていたか痛感しました。現場で慣れてくるとどうしても自己流になってしまうので、改めて学び直しができました。それで「よし、次はケアマネジャーだ!」と意気込んで、介護支援専門員実務研修受講試験を受けることにしました。
ところが、これが難しくて、介護保険の制度や法律が絡んでくるんです。現場で働いていればケアプランの内容は分かりますが、介護報酬の仕組みや単位計算といった制度までは見えませんよね。とりあえず受けてみようと軽い気持ちで過去問やテキストを開いたのですが、難しい言葉の羅列に挫折しました(苦笑)。
お年寄りから教わった「待つことの大切さ」が子育てを変えた
――介護現場での高齢者との交流が、ご自身の実生活に生きたと感じる部分はありますか?
柏崎さん:めちゃくちゃあります。むしろ、私はお年寄りから子育ての基本を教わったように思います。介護の仕事を始める前の私は、息子に対して「待つこと」ができなかったんです。息子には軽度の発達障害があり、学校から出る宿題をこなすのにもすごく時間がかかっていました。
泣きながら2時間以上も机に向かっている息子に対して、当時の私は「どこまで頑張れて、どこからが限界なのか」が見極められなくて。とにかく「全部やらなきゃダメ!」と無理強いをして、お互いにすごく苦しかった時期がありました。でもあるとき、お年寄りと関わるようになって気づいたんです。「自分でやりたい」という気持ちがある人は、こちらが手を出さずに見守って待っていれば、案外自分でできるんだって。
例えば、利用者さんがお着替えを頑張っているから、その間に近くで別の仕事をしよう。もしできなかったら手伝おう、という関わり方を学びました。これを子育てにも応用して、「無理だと思ったら先生に言おう、できる範囲でいいよ」と息子に言えるようになりました。無理強いをしないこと、待ってあげることの大切さを、私は介護の現場で教わったんです。
――接し方を変えたことで、息子さんに変化はありましたか?
柏崎さん:穏やかに関われるようになりました。それまでは私がいつも怒ってしまっていたので、息子は私の顔色をうかがって萎縮していたんだと思います。学校でも一生懸命頑張って疲れて帰ってきているのに、家でも追い詰められていたんですね。私が息子に対して「待つこと」ができるようになってから、お互いが頑張りすぎてしまう「苦しい時間」が減って笑顔も増えたと思います。
稼働率25%の施設を90%にV字回復。計算は苦手でも「頼る力」で乗り切った
――その後、キャリアを積まれて施設長になられました。仕事内容も大きく変化したのでしょうか。
柏崎さん:私が37歳くらいの頃、地域密着型の小さな通所介護(デイサービス)の施設長を任されました。介護保険の請求やケアマネさんへの対応など、裏方の仕事が一気に増えて最初は本当に大変でした。
しかも、その施設は稼働率が25~30%しかない、いわゆる赤字ギリギリの施設だったんです。1日10人定員なのに3人しか来ないという状況のなか、上から「どうにか立て直して」と頼まれました。引き継ぎもないまま任されて、最初の3日間施設に泊まり込んで絶望の中、仕事を覚えましたね(笑い)。
――そこから、どうやって立て直したのですか?
柏崎さん:以前働いていた職場で尊敬していた主任のやり方を、そのまま実践したんです。利用者さんには施設で楽しく活動していただくこと、スタッフには利用者さんに心から関われる環境を作ること、そしてご家族が安心できるように施設での様子をこまめに発信することです。
その様子を地域のケアマネさんたちにも見てもらうようにしたら、「ここなら安心して任せられる」と利用者さんを紹介してくれるようになったんです。結果的に、わずか3か月で稼働率は90%まで上がりました。
ただ、私は引き継ぎもないまま見よう見まね、他の施設の施設長から教わりながらの慣れない業務で、書類のミスも多くケアマネさんに何度も叱られていました。でも、分からないことは分からないと言おうと開き直って、「ごめんなさい、教えてください!」と素直に頼っていました。見栄を張っていても仕事は片付きませんし、得意なことで巻き返そうと考えたんです。
そこでもやっぱり、息子に支えられた部分が大きいんです。うちの息子は、普通の人が数回で覚えられることを、何十回何百回やってようやくできるような不器用さがあります。でも、常に一生懸命で挫けながらも乗り越えてきました。その姿を思い出したとき、「私がこんなところで負けていられない、あきらめちゃダメだ」って底力が湧いてきました。
役職に就くからこそ、やりたい介護ができる「私にとって介護は天職」
――施設長も経験し、現在に至るまで長く介護の仕事を続けられていますが、ご自身にとって「介護」はどのようなものですか?
柏崎さん:一言で、「楽しい!」ですね。私は周りの人が幸せそうにしていると、自分も幸せを感じるタイプなんです。利用者さん一人ひとりが笑顔になってくれるのが本当にうれしくて。私は利用者さんのことを、どこか友達のように思って関わっているところがあります。天気がいいから近くの公園へお花見に行こうと企画したり、スタッフも一緒に楽しめるような機材やレクリエーションを、会社に掛け合って導入したりしてきました。
よく「役職には就きたくない」という人がいますが、私は「絶対に就いた方がいい」と言っています。だって、役職につけば自分のやりたい介護が実現できるんですよ。下の立場のままでは通らない意見も、上に立てば形にできることもあるんです。利用者さんを笑顔にする仕組みを積極的に作っていける。そう考えると、私にとって介護は天職なんだと思います。
◆芸人、介護福祉士・柏崎桃子
かしわざき・ももこ/1979年7月31日生まれ、栃木県出身。17歳で結婚し、18歳で長男を出産。シングルマザーとして軽度の発達障害がある息子を育てながら、26歳でヘルパー2級、30歳で介護福祉士の国家資格を取得。デイサービスなどの施設長を経験した後、35歳でお笑い芸人を目指し上京。テレビ番組『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)の出演などで注目を集める。現在も介護職と芸人として活躍しながら、講演活動やSNSを通じて介護や育児のリアルを発信し続けている。
撮影/杉原賢紀 取材・文/小山内麗香
