《ステージ4のがんで闘病》心療内科医が語る「健康だけをゴールにしない」生き方 病気や介護中でも前向きに生きるヒント
闘病や介護によって体の不調や生活の変化が起こると、これまで当たり前にできていたことが難しくなり、気持ちまで沈んでしまうことも少なくない。しかし、心療内科医であり婦人科医の横倉恒雄さんは、「病気があっても人は“健幸”に生きることができる」と語る。ステージ4のがんで闘病しながら診療を続ける横倉先生に、病気や家族のケアのストレスで疲れた脳の整え方、そして横倉さんが提唱する“健幸”という健康観について話を伺った。
「病気=不幸」という固定観念に縛られないために
「病気さえなければ幸せなのに」「介護がなければ、もっと前向きに生きられるのに」と、自分の人生が狭まったように感じてしまう人は少なくない。しかし、横倉さんは、「健康」と「幸せ」は必ずしも同じ線上にあるわけではないと話す。
「検査数値が正常でも、心が沈んでいれば、本当の意味で健康とは言えません。反対に、病気があっても、仕事やプライベートに穏やかな満足感――つまり “快”を感じながら過ごせている人は、内側から力が湧いてきます。それは立派な『健幸』なんです」(横倉さん・以下同)
思い込みが脳を疲れさせる
私たちは無意識のうちに、「元気でなければ幸せになれない」という考えにとらわれがちです。しかし横倉さんは、こうした思い込みこそが脳を疲弊させ、五感で感じるはずの心地よさや小さな喜びを感じにくくしてしまうと指摘する。
「健康診断の結果が良くても、脳が疲れていると“快”を受け取れなくなります。逆に、病気があっても、五感が心地よさをキャッチできる脳の状態であれば、人は前向きに生きられるんです」
“快”を感じると、心と体が整いはじめる
脳は“快”を受け取ると、自律神経のバランスが整い、心身がリラックスした状態になる。ストレス反応がやわらぎ、免疫機能にもよい変化が生まれると考えられている。心と体はいつも連動し、ひとつのチームのように働いているからだ。
横倉さんが説くのは、介護や病気の有無だけで、人生の価値が決まるわけではなく、日々の中で、どれだけ自分らしい意欲をもち、大事にしたい思いや喜びを感じられるかが、私たちの生き方に大きく影響しているということ。
介護・看病する人ほど「自分を後回し」にしやすい
特に注意が必要なのが、介護や看病などをしている家族だ。家族を支えようとする気持ちが強いほど、「自分が頑張らなければ」と責任を抱えこみがち。その結果、自分の楽しみや休息を後回しにしてしまうケースは少なくない。
「ケアを担っている人ほど、自分を大切にすることに罪悪感を持ちやすいです。しかし、その状態が続くと、相手を長く支え続ける力が削がれていってしまいます」
家族のケアは短期間で終わるとは限らず、長い時間向き合うことも多いもの。だからこそ、支える側が心身を整えながら続けていくことが欠かせない。そのために必要なのが、“自分にも小さな“快”を取り戻す時間をつくること”。
横倉さんは「1日5分、わずかでいい。自分がほっとできる瞬間を意識的に持つことが、ケアを続ける力につながります」と力を込めて話す。
脳を元気にする“小さな快”
では、どうすれば脳は“快”を感じるのだろうか。「特別なことをする必要はありません。むしろ、日常の中にある小さな心地よさに気づくことが大切なんです」と横倉さんは言う。
たとえば、
・1日の終わりに好きなお茶を淹れて、香りや温度もゆっくり味わってみる
・1輪の花を飾り、きれいに咲くように心がける
こうしたささやかな行為でも、五感が刺激され、脳はリラックスモードに切り替わる。
「人は忙しくなるほど、“味わう”ことを忘れ、五感で感じることができなくなり、心身に不調をきたす状態になってしまいます。だからこそ、ほんの短い時間だけでも立ち止まり、今この瞬間を心地よく味わうことを意識してみる。そんな毎日の積み重ねが、心の回復につながると共に、自分らしく生きる力を取り戻していくのです」
病気を治すことと、「どう生きるか」は別のこと
横倉さんはもうひとつ、大切な視点を教えてくれた。それは、「病気を治すこと」と「自分が望む生き方を貫くこと」はまったく別のことだ、という考え方だ。
「体の状態と“脳(心)のあり方”は別であり、病気があっても、自分のやりたいことまで奪われる必要はない」と横倉さん。やりたいことに向かう気持ちこそが人生を輝かせ、生きる意味をもたらし、結果的に免疫力や治療の効果にもいい影響を与えるのだと言う。
「人は病気になると、“治すこと”ばかりに意識が向きがちです。でも、病気を治すことは、本来、医師の仕事です。患者さん自身は、“毎日をどう生きたいか”に心を向けていいのです。病気のことだけ考えて沈んだ気持ちになるのではなく、“自分がやりたいこと”を前向きに思い描くことが大切なのです」
病気と生き方をひとつにしてしまうと、気持ちが不安に傾きやすくなる。しかし、その二つを切り分けて考えられるようになると、人生の景色はまったく違って見えてくると横倉さんは話す。
「自分は生かされている。その命をどう使うか。そう考えると、人生の意味はぐっと深まり、これまでとは違うものとして感じられるようになります。私自身ががんを経験したことで、“今の自分は何をしたいのか”により強く意識を向けて生きるようになりました。そう思えるようになったのは、病気のおかげかもしれません」
介護の中でも、心の余裕は取り戻せる
この考え方は、介護を続ける家族にとっても大きな助けになる。介護の場面では、「いつまで続くのか」「この先どうなるのか」と不安ばかりに目が向いてしまい、心が占められがちだ。しかし視点を少し変え、「この人とどんな時間を大切にしたいのか」「どう見送ってあげたいのか」などと考えてみると、日常の中にある“ほっとできる瞬間”に気づきやすくなると言う。
心に余裕がなくなってしまったときには、こんな方法もある。
「介護している人のベッドのそばに、『お母さん、産んでくれてありがとう』など、あなたが感じている感謝の言葉を書いて貼ってみてください。毎日その言葉を目にすることで、忘れかけていた思いが自然とよみがえり、張りつめていた気持ちが少し和らぐはずです」
日々続く介護の負担の中でも、感謝の気持ちを忘れずに、ほんの少しの時間でも、心がふっと緩む瞬間を心がけることが、疲れた脳を休ませ、気持ちを立て直すきっかけになる。それは、介護を続ける人自身が「また明日もやっていける」と思える力につながっていく。
健幸とは、命を美しく生かす生き方
横倉さんが伝えたいのは、闘病や介護が続く日々でも、「健康だけをゴールにしない」ということだ。
「病気や介護の状況を完全になくすことは難しくても、 “どう生きたいか”は自分で選べます」
そのための指針となるのが「健幸」という考え方。健幸とは、病気がない状態ではなく、心と体が前を向き、小さなことに喜びや心地よさを感じられる心を維持している状態のこと。脳が少しでも休まり、気持ちが整ってくると “自分を立て直す力”や“明日を前向きに迎えられる心の力”が育まれていく。
病気や介護があっても、こういった気持ちで毎日を過ごせていれば、自分らしく生きる力を取り戻せる。それこそが、横倉先生の言う「健幸」の本質だ。
教えてくれた人
婦人科・心療内科医 横倉恒雄先生
横倉恒雄さん/婦人科・心療内科医。医学博士。茶道家・表千家講師。横倉クリニック(東京・田町)院長。慶應義塾大学医学部産婦人科入局。東京都済生会中央病院産婦人科に勤務、同病院にて日本初の「健康外来」を創設。病名がない不調を抱える患者さんにも常に寄り添った診察を心がけている。クリニックで行っている講座も好評。著書に『脳疲労に克つ』『心と体が軽くなる本物のダイエット』『今朝の院長の独り言』他。
取材・文/入江由記
