義妹が急逝した69歳ライターが抱いた喪失感「人って亡くなると跡形もなくこの世から消える」 桜を見ても思い出す“在りし日の姿”
くも膜下出血で義理の妹が急逝してから1か月。オバ記者ことライターの野原広子氏(69歳)は、何をしていても彼女と過ごした何気ない日常のことを思い出すという。大切な人を亡くした野原氏は、今どんな日々を送っているのか。野原氏が綴る。
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ふいにどうしようもなく涙が…
前日まで会って笑って話していた弟の妻、Nみ(享年57)がその翌日、くも膜下出血で倒れて4日目に他界。こんなことってあるんだ!と呆然としたり、ふいにどうしようもなく涙があふれたりして1か月が過ぎた。
私は東京、弟夫婦は茨城に住んでいるけれど、彼らが結婚して31年。なんだかんだと2か月に一度は会って話して食べてそれがずっと続くと思っていたんだよね。
だけどほんと、人って亡くなると跡形もなくこの世から消えるのね。ってことは私もいずれ…。いやいや、いずれって余裕かましていられるの? 69歳。明日かもよ、と思ったら背筋が寒くなった。何たって30歳から50歳までロクに仕事をしないでギャンブル三昧。おかげで「ギャンブル」と聞いても今は血圧はまったく上がらないけれど、やり残したことがありすぎるよ。
それより差し当たり気になるのが家の中に溢れている大量のガラクタ類。これをスッキリと片付けて明るく健やかな70代を迎えたい。
相模原へモツ煮を食べに
と思ったはずなのに、私が向かったのは小田急線相模原駅。2か月前にYouTubeで見つけて、旅友男子のUちゃんに「ここに行きたい」とオーダーしていたのよ。相模原はUちゃんの家の近く。思った通り、「そそられますねぇ。行ったことないけど、すごく近い。庭です」と言う。
Nみが旅立ってすぐは食欲もなくしていた。けど、同時期にご主人を亡くしたばかりの洋裁の師匠とレバニラ定食を食べたら、急に食欲のスイッチが入ったのよ。しかもよりによって内臓系食べたいスイッチ。
養豚日本一の茨城で育ったせいか、子供のころからモツ煮やレバーには親しんでいた。50代までは鶏のレバーペースト作りに凝ったことがある。白レバーが上等だけど売っているところは限られているから都内のあちこちに買いに走ったっけ。
とはいえ65歳、前期高齢者になるとさすがにレバーペーストにも豚モツ煮にもそそられなくなっていたの。最後にモツ煮を食べたのはいつだったっけ。記憶の鍋底をかき回して思い出せないわ。
当日、開店30分前に並ぶ。そして美人女将が「お待たせしましたー」と店を開けたらUちゃん。「300円のクーポンつき」だって。下処理がしっかりしてあるモツ煮はコクとうま味があってね。カレー味と味噌味のダブル定食があっという間に消えちゃった。
N美は神田の桜を見たらなんて言ったかな
その1週間後、こんどは神田明神に集合。『発掘! 神田物語』の著者、後藤禎久さんの案内で、お茶の水から神田駿河台を隅々まで歩いたの。後藤さんは祖父の代からの神田っ子だけあって歴史に埋もれた話が盛りだくさん。見たことがない駿河台が目の前に現れる面白さといったらない。しかも後藤さんたら、足が速いからついていくのに必死よ。
今年は気温が低かったから桜の開花期が長かった気がする。インスタのフォロワー数2万7000人の華道家、Nみは神田の桜を見たらなんていったかな。
◆ライター・オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。2021年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑で、やせたの?』を出版。実母の介護も経験している。
