シニアに人気《世界一周クルーズ》乗船スタッフが明かす「豪華客船で行う運動プログラムと船旅の魅力」
優雅な船で世界一周の旅「クルーズツアー」がシニア世代に人気だ。国土交通省によると2024年の日本人の国内・国外クルーズの乗客数は22.4万人に上り、前年比約14%増となっている。そんな中、要介護になっても旅を楽しめるという特別なクルーズツアーが注目を集めている。どんなものなのか、レポートする。
※国土交通省「2024年の我が国のクルーズ等の動向について」
https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk2_000031.html
教えてくれた人
介護福祉士、機能訓練指導員・村井瑞貴さん
鍼灸師の資格を持ち鍼灸接骨院勤務を経て、ポラリスのデイサービスで機能訓練指導員や主任として従事。2023年の世界一周クルーズツアーから同行し、希望者の機能訓練や寄港地での介助支援を行う。「ご自分でできることを大切に」をモットーに明るく指導する。https://www.polaris.care/
「世界一周の船旅」で歩く力を取り戻す
雄大な海を眺めながら足腰を鍛え、歩く訓練をする。海外の地に寄港して観光したり、船内で優雅に過ごしたり…。介護が必要になっても憧れの世界一周船の旅を楽しめる。そんなクルーズツアーが話題になっている。
全国44か所に自立支援特化型デイサービスを展開するポラリスは、クルーズ旅の老舗、ピースボート(ジャパングレイス)と提携し、昨年から運動プログラムを実施しながら世界を周遊する船旅『ポラリス×クルーズ』をスタート。
「大型客船として有名なピースボートで約3か月かけて世界一周のクルーズをします。機能訓練の専門のスタッフも乗船し、船の上でマシンを使ったトレーニングのサポートをさせていただいています。
麻痺があって上手に歩けなかったご高齢のかたが、ご家族と一緒に乗船され、船の上でリハビリを頑張った結果、寄港地での観光を楽しみ、下船後にはしっかり歩けるようになったというケースも多いんですよ」
こう話すのは、ポラリスの機能訓練指導員で介護福祉士の村井瑞貴さんだ。
17か国21か所を巡る船旅
「『リハビリを通じて新たなことにチャレンジしたい』と、医師でもある弊社の代表(森剛士さん)の発案でこのツアーを始めました。
デイサービスなどを通じて、さまざまな介護サービスを展開するポラリスでは、「運動プログラムを通じて、どれだけ自立支援できるか、取り組む前よりも要介護度を改善できるか」が課題だったという。
「さまざまな取り組みを模索する中で、ピースボートで旅をされるお客様の平均年齢が上がっている状況だと伺い、何か一緒にできないか」と意気投合しまして、このプロジェクトがスタートしました。コロナ禍から企画が始まり、昨年4月にようやく第1回目の運航が実現しました。
ポラリス×クルーズのコンセプトは、“自分の足でしっかりと”。船内では車いすの利用もしていただけますが、ご本人の残存能力を引き出して、機能回復を促すことが大切だと思っています。
ご本人の状況に合わせた目標を立て、船上で集中して運動プログラムを行うことで、乗船前よりも元気になって帰って来られるかたも多いんですよ。
船という非日常空間で雄大な景色を眺めながら行う運動プログラムは、よりモチベーションがアップするようで、みなさん楽しみながら取り組んでいただいています。
船上では、基本的に毎日運動ブログラムを実施します。準備運動を含めると2時間ほど。それ以外の時間はゆったりと船内で過ごせます。
船内では豪華な食事やショーやイベントも充実しています。星空観賞会などの景色を楽しむイベントや、運動会や麻雀といった頭や身体を動かす楽しみ方も。また、寄港地では同行されたご家族と一緒に観光を楽しむなど、船旅を存分に満喫いただけますよ」
昨年4月に実施したツアーでは、日本を出てインド洋を南下して、南アフリカの喜望峰を周ります。そしてヨーロッパを通って北欧からフィヨルド遊覧。その後、アイスランドから北米に下りパナマ運河を通りアラスカまで北上し、氷河を見て日本に戻る航路。3か月かけて17か国21か所を巡ったという。
船上での機能訓練の指導のほか、依頼があれば寄港地での介助などのサポートもしているそうだ。
気になるクルーズツアーの旅行代金は、一例として、大人1人178万円(地球一周の船旅「2025年4月 Voyage120 アフリカ・ヨーロッパ&アラスカコース」3~4人相部屋の場合)。部屋のタイプによって価格は異なる。
また船上での運動プログラムの料金は(船上55日)59万8000円~。オプショナルツアーや寄港地での介助・サポートなどは別途料金がかかる。
船上での運動プログラムとは?
運動マシンを備えたトレーニングスタジオは、船の最上階(12階)にある。
「トレーニングスタジオは、ガラス張りなので海や外国の風景が一望できます。6種類の医療用トレーニングマシンを使って、お身体や目標にあわせた運動を行っていきます。負担の少ないプログラムですし、美しい景色を眺めながら身体を動かすのは気分もいいですよ」
海を眺めながらの機能訓練は「結果が早い」
船上で行う運動プログラムには、介護保険は適用されず、全額自費負担となる。しかし旅行者のニーズや状況に合わせた対応ができるのがメリットだという。
「旅行前にお身体の状態や生活についてお伺いし、旅先でどう過ごしたいか、3か月後にどんな状態を目標にしたいかなどをヒアリングして、ケアプラン(計画書)を作成します。
一般的なデイサービスでのリハビリは、介護保険内となるため、ケアマネジャーが立てたケアプランをもとに、目標となる計画書を3か月に1度くらいのペースで更新します。
一方、船上の運動プログラムは介護保険の制約がありませんので、旅行者の状況に合わせて頻繁に内容を見直すことができます。
こまめにケアプランを更新しながら新たな運動にチャレンジされるかたが多く、実際、参加されたかたは、みなさん目的の達成度が速いんですよ。
旅を楽しみたいという具体的な目標があるからこそ、船上での運動プログラムに前向きに取り組めるんだと思います。
『観光先で階段の昇り降りをしっかりできるようになりたい』『海外の石畳みの路を杖なしで歩きたい』といった、旅ならではの明確な目標が立てやすいということもあります。
我々スタッフも船上で生活を共にしていますので、日々の様子もわかります。目標を次々と達成されて、訓練を続けることで『できるんだ!』と自信につながるんですね。90才を超えた参加者もいらっしゃって、みなさん運動にも旅を楽しむことにも積極的ですね。
継続して運動を頑張ってだんだん歩けるようになってくると、洋上が見渡せるデッキに出て、一周歩くという歩行訓練もしています。利用者さんとご一緒に、見渡す限り海の雄大な景色を見られるのは、喜びですね」
船旅での病気や体調も心配だが…
「船には医務室があり、医師や看護師などの医療スタッフが乗船していますので、体調が心配なかたにも安心して旅を楽しんでいただけると思います。
船酔いを心配されるかたもいらっしぃますが、船内の医務室では医師の処方のもと、酔い止めをお出しすることもできますし、徐々に船の生活に慣れていくと思います。また、旅では暑い地域や寒い地域を訪れるため、寒暖差には注意が必要です。衣服などで調整し、気をつけていただくようにしています。
ちなみに、船内ではLINEや電話も通じます。旅先で撮った写真を送ることはできるので、日本にいるご家族に旅の経過を報告されているかたは多いですね。ただしエリアや状況によってWi-Fi環境が制限されることはあります」
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憬れの船旅で、もう一度歩けるように――。実際に利用した人たちのエピソードも取材したので次回お伝えする予定だ。
■ポラリス×クルーズ https://www.pbcruise.jp/polaris/
写真提供/ポラリス 取材・文/本上夕貴