猫が母になつきません 第436話「でんわちゅう」
今時はなにかとメールやアプリでやり取りをすることが多いので電話で話す機会はそんなにありません。そのせいか、さびは自分以外の人と私が話しているとやたらと鳴くのです。撫でたくらいでは鳴き声は止まりません。なのでもう鳴き声をBGMに会話を続けるのですが「おなかが空いているんじゃないですか?待ってますから…」と猫ファーストな提案をしてくださる方もいらっしゃいます。さびは顔に似合わず声はとてもかわいいので電話が終わる頃には「癒されました」という方も。「実家で飼ってた猫を思い出しました」とか。
思えば相手は都会のど真ん中高層ビルのオフィスで、こちらは田舎の古い一軒家で猫がにゃーにゃー鳴いている中で。インターネットの発達のおかげでそんな両者が一緒に仕事をすることも今は普通になりました。コロナ禍で《リモートワーク》という仕事のあり方が完全に確立されましたが、私が実家に戻った2012年時点ではまだ特殊な例で、限られた人だけがやっているという感じでした。すべてのクライアントが遠距離を受け入れてくれる状況でもありませんでした。そういうわけで私は一旦仕事を「全部あきらめる」ことにしたのですが、インターネットのおかげで細々ながら仕事を続けることができました。母の介護が大変だった時期には仕事が負担になったこともありましたが、同時に生きがいでもありました。仕事は私を別の世界に連れて行ってくれました。ありがたかった。
母が亡くなった今、普通に仕事復帰できるかといえば、体力も集中力もすっかりなくなっているし、同世代は定年退職なお年頃で現場にいるのは若い人たちばかり(最近は定年年齢も引き上げられてはいるようですが)。でも…フリーランスなので定年はないけど退職金もないしな…あれ、もしかして、さびの電話中のにゃーにゃーってフレーフレーだったりする?
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母と暮らすため地元に帰る。ゴミ屋敷を片付け、野良の母猫に託された猫二匹(わび♀、さび♀)も一緒に暮らしていたが、帰って12年目に母が亡くなる。猫も今はさびだけ。実家を売却後60年近く前に建てられた海が見える平屋に引越し、草ボーボーの庭を楽園に変えようと奮闘中(←賃貸なので制限あり)。