介護レクの役割と可能性、その効果の引き出し方|「レクリエーション介護士」講座潜入レポ(後編)
お笑いコンビ、レギュラーが取得したことでも注目されている『レクリエーション介護士』の講座に記者が潜入!前編に続き、資格取得を学ぶ人たちと共に学びながら、介護の場で、レクリエーションの果たす役割を考えてみた。
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生活の質を高めるレクリエーション
介護現場で毎日のように行われている様々なレクリエーションは、単なるお遊びではない。質の良いレクリエーションは、生活の質そのものを高める効果があるという。
レクリエーションの楽しさは、その場にいる人たちとのコミュニケーションが成立してからが本番である。介護の現場では、レクリエーションのプログラムを提供するスタッフと複数の参加者、1対複数の場合がほとんどだ。しかし、このままだとレクの真の楽しさは得られない。
1対多数を1対1に、さらにグループ対グループに持っていく。これが、レクリエーション介護士の腕の見せ所である。目的は、1対1のコミュニケーションを、複数対複数のコミュニケーションに押し上げることにある。仲間と話し、笑い合う。それでこそレクリエーションの真の楽しさが体験できるのだ。
前編では、間違えることで「笑顔」になり、コミュニケーションのきっかけを掴む技や、参加者を2つのグループに分けることでチームとしてのコミュニケーションを促進する技をお伝えした。
当日の講師は田中健さんだ。田中さんは、医療介護事務所を運営する『アイリスフレール株式会社』の取締役。介護関連の講演会や様々な資格の講師とても活躍中。
朝の10時から17時過ぎまで、2日間の講義を受けるのは、20歳代から60歳代までの20人ほど。皆さん、すでに何かしらのかたちで介護の仕事に携わっている。介護スタッフとしてのスキルアップを目的として参加している。
「この人に喜ばれるレクリエーションは何か」をよく考えることが大切
レクリエーションとして様々なゲームを紹介され、参加者が実際のそのゲームに挑戦しながら講座は続く。
「参加者をいくつかのグループに分けて、ビンゴゲームなどをするのも楽しいですね。チームに1枚ずつ用紙を配って、マス目を描いてもらい、そこに思いつく都道府県を書き込んでいただく」(田中さん)
別に用意された袋の中には、47都道府県名が記されたカードが入っている。参加者が順番に袋からカードを取り出す。カードにある県名と、チームごとのマス目に書き込まれた県名が一致すれば消していく。縦・横・斜めに揃えばビンゴというゲームだ。
「チームのマス目に都道府県を書き込むとき、自然と出身県の話題になります。『あなたは和歌山出身なんだ、私はお隣の奈良県よ』といった具合です。こうした『仲間意識』を引っ張り出すことで、コミュニケーションの輪が広がっていく。これも技のひとつです」(田中さん)
誕生日や血液型などにも『仲間意識』を引っ張り出す効果があるので、これを取り入れたゲームを考えると、盛り上がること間違いなしだ。
「細かいテクニックですけど、何かを書き込むサインペンなども、人数より少なめに用意しておくのもいいですね。『終わったらそれ、貸してくれる?』などの会話につながりやすいのです」(田中さん)
レクリエーションのバリエーションは無限だ。このような、ゲーム形式もあれば、音楽、工作、お料理、数え上げればきりがない。しかしどんなレクリエーションも、ただ漫然とやっていたのではつまらない。『この人にはどんなレクリエーションが喜ばれるか』、よく考えてから実践しなければ、せっかくのプログラムも台無しになってしまう。
「認知症のある方とない方では提供するレクリエーションにも違いがあるでしょうし、手足が不自由な方には難しいレクリエーションもある。そうした情報をしっかり分析するのも楽しさを生み出すために必要な作業です」(田中さん)
レクリエーション介護士の世界ではこれを「アセスメント」と表現する。
参加者が何を求めているのか、何がしたいのか、また何をすればその人の“QOL(生活の質)”が向上するのか、を考える。楽しむこともレクリエーションの大切な要素だが、続けることで心や身体の健康を保つのが、本来の目的だ。
『自分でトイレに行けるようになりたい』という思いを持っている人であれば、イスから立ち上がる動きを取り入れたレクリエーションを考えたり。『着替えをしたい』という願いがあるのなら、関節の可動域を広げる運動やボタンを留めるための指先の運動を取り入れたレクリエーションを考え、実施する。
「相手のことをよく知るためのアセスメントをしっかりやり、明確な目標を定めてから行うことで、楽しく、そして生活の質を向上させるレクになるのです」(田中さん)
レクリエーションが失われた生活習慣を呼び起こすきっかけになることも
またレクリエーションは、楽しみや機能回復訓練以外にも、力を発揮させることができるという。
「ある施設には毎日の手洗いをしてくれないご利用者がいました。『◯◯さん、手を洗ってください』とお願いしても『面倒だ』とか『必要ない』と突っぱねる。で、スタッフが考えたのが新聞紙を使った“折り紙レク”でした。新聞に印刷されている文字を活かした折り紙を作る。当然手がインクで汚れます。そこでこう言う。『さて皆さん、手が真っ黒ですね、順番に手洗いしましょう』。こう促すと、いつもは手洗いをしてくれない人も素直に従ってくれました」(田中さん)
レクリエーションは使い方しだいで、失われてしまった生活習慣の呼び起こしにも役立つというわけだ。
在宅でのレクリエーションの取り入れ方
施設だけではない、自宅で介護をしている場合にも、すぐに役立つアイディアはたくさんある。
人の生活時間は大きく『基礎生活時間』『社会生活時間』『余暇時間』に分けることができる。
基礎生活時間とは、睡眠や排泄、入浴や歯磨き、着替えなど、生きていくうえで基礎となる時間をいう。社会生活時間は、仕事や学業があたる。さらにそれ以外の、自らの意思で使えるのが余暇時間だ。
高齢になってくると、社会生活時間が減って、余暇時間が増えてくる。従来のレクリエーションに対する考え方は、余暇時間に焦点を絞ったものだった。だから、歌やダンス、ゲームなどが重視されてきた。
しかし近年では『基礎生活時間』の充実も、介護におけるレクリエーションの重要な要素と考えられるようになっている。
「入浴しているときに音楽を流したり、アロマキャンドルを灯したりするのも立派なレクリエーションです。ベッドから離れられない方でれば、枕元で好みの小説を読んでさしあげるとか、懐かしい映像を流してみるとか、食事のときに懐かしい映像を流すなどの工夫もいいかもしれません」(田中さん)
こうした工夫は家庭でも簡単にやれるので、もし要介護状態のご家族がいらっしゃるのであればぜひ試してほしい。要介護者の生活の質が向上するのは間違いない。
「レクリエーションを上手く行えるようになりたい」
レクリエーション介護士の講義は、冒頭で参加者全員が自分のニックネームを考えて、名札を作る。講義が行われている間はお互いにニックネームで呼び合うのが決まりだ。
ニックネーム“トシちゃん”に話を聞いた。
「以前はスーパーマーケットで長いこと勤めていたのですが、2018年の夏頃からデイサービスの事業所で働くようになりました。その後、介護職員初任者研修の資格も取って、毎日楽しく仕事をしています。日々の業務としてレクリエーションをやったりするのですが、なかなかうまくいかない。先輩たちを見ていると、やっぱり上手なんですよね。それが羨ましくて、この講習を受けることにしました」
筆者は自宅で両親を看取った。母は晩年認知症が進み。椅子に座ったまま一日をぼんやり過ごすことも多かった。そうしたときに、レクリエーション介護士の知識があったらな、と今は思う。
レクリエーションには単純な楽しさ以外にも、QOLの向上や、失われた生活習慣を呼び起こす力がある。適切に実施することで、人生そのものを充実させることができるはずなのだ。
撮影・取材・文/末並俊司
『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。
【データ】
『未来ケアカレッジ』
URL:https://www.miraicare.jp/