兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第250回 バスで兄が暴言爆発】
若年性認知症を患う、ライターのツガエマナミコさんの兄は、「穏やかな性格」な、はずでした。しかし、病気が進行するにつれ、拒否や暴言が強めに出てくることが多くなってきました。そして、ついに公共交通機関を利用中に、マナミコさんを大いに困らせる事態になってしまったというのです。
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財前先生(仮)への通院のときに
ショートステイで楽しい時間が増えるほど、兄が家にいる辛い日々とのギャップにメンタルの調整が追いつかなくなっているツガエでございます。
最近、入浴拒否が増え、そのほかの場面でも怒りっぽくなった兄ですが、先日の通院日、行きのバスの中でついに人前で暴言を吐かれてしまいました。
わたくしが座席をどこにしようか少し迷っている間に、兄が後部の方にある通路の階段に座ろうとしたので、「違う違う。そこは席じゃないよ、こっちこっち」と手招きをしたのですが、なお階段に腰を下ろそうとするので思わず袖をつかんでしまいました。「こっちに座ろう」と空いている椅子の方へ引っ張ったところ、拒否が出て兄は階段に固執しました。「ここは座るところじゃないから」といってもわかってもらえず、少し強めに体を誘導しようとしたところ、「なんだよ、痛いな!」と大げさに痛がり、「バカヤロウ!」「お前はなんだよ!」「バカかお前は」「痛いな、殺す気か」と大きな声を上げ、乗客の方々を凍りつかせてしまいました。家では希にありましたが、人前では初めての暴言。
大きく開いた後部ドアから降りそうになる兄を「ごめんねごめんね」と何とか引き止め、椅子に座らせ、兄が椅子から立ち上がらないようにガッチリガードいたしました。
きっと乗り合わせた乗客の方々からは夫婦に見られたと思います。「精神障害のある夫を持って奥さん大変だ」という声なき声とともに「そんな状態ならタクシー使えよ」という圧も勝手に感じて、「そっか、タクシー使えばいいんだ」とひらめいた次第でございます。
兄は座ってしばらくは「まったくもう、なんなんだよ、最悪だ」と興奮冷めやらぬ様子でございましたが、しばらくすると居眠りをし、25分後、降りる頃にはすっかり騒動を忘れてくださいました。
診察では、デイケアで入浴拒否があったことや、バスでの出来事をお話しいたしました。すると「ああ、どうしてもね、脳の萎縮が進むと感情を押さえられなくなるんですよね」とおっしゃり、「興奮を抑える薬を出しましょうか?」とご提案いただきました。お薬を出すのが大好きな財前先生(仮)のことですから、そう来るだろうと思っておりました。心なしか嬉しそうな先生のお顔を見ながら「ぜひお願いします」と申し上げました。わたくしも今後暴力を振るわれるのは避けたいので致し方ございません。
処方されたのは「チアプリド」という抗精神病薬でした。最初なのでほんの少量からのスタートです。薬局でその薬を受け取ると、1錠が半分にされ、赤ちゃんの足の爪ほどに小さくなったお薬が、ズラズラとミシン目でつながる袋にひと欠片ずつ入っていました。
飲ませるときには、兄が干からびたご飯粒と間違えて捨てないように、しっかり飲み込むまで見届けなければいけません。
この日の帰りは、行きのバスでひらめいた通り、タクシーを利用致しました。何がきっかけでまた大声を出すか分からないので今後の通院はタクシーにするかもしれません。
ただ車に乗りこむ動作も兄くらいの認知症になると難しいようで、だいぶもたつきました。片足をあげてタクシーに片足を乗せ、腰をかがめて、座席に手をついて、頭をぶつけないようにシートに座る…これをスムーズに行う処理能力はないのです。わたくしが乗るため「もうちょっと奥へ行ってくれるかい?」とお願いしても、足元の真ん中の出っ張りを超えるという発想がないので、後部座席の半分に二人でギューギューになって帰ってまいりました。家まで約3000円でございました。往復6000円かと思うと、病院も近場にする方がいいかもしれないと思い至りました。新しいお薬が問題なければ、先生にご相談しようと思います。
新たなお薬を飲み始めてまだ1週間なので、ほとんど差がわかりませんけれども今日は2度トイレを使用してお尿さまを排出。それは近頃にしてはかなり珍しい現象でございます。たまたまかもしれませんが、お薬がなにか少しでもいい効果をもたらしてくれることを期待してしまいます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ