連載

86才、一人暮らし。ああ、快適なり【第39回 誕生日異変】

 ジャーナリストで作家の矢崎泰久氏は、1960年代に創刊し、一世を風靡したカルチャー誌『話を特集』の編集長を30年にわたり勤めた経歴の持ち主だ。

 文壇、アート、エンターテインメントとジャンルを超えて幅広い人脈を生かし、矢崎氏自らも、編集者、作家、プロデューサーとさまざまな顔を持ち、活躍してきた。

 現在は、あえて妻、子と離れ一人暮らし中。世に問題を提起し続ける、“矢崎らしさ”を貫く、生き方、信条などを連載で執筆いただくシリーズ、今回は、ご自身のお誕生日にまつわるエピソード。86才を迎えた心境とは?

 * * *

86才になった

 毎年1才歳を取る。まったく当たり前なことなのだが、1月30日に86才になった私には、突然大きな変化があった。

「おめでとう!」という祝福の言葉が、驚くほど多数届いた。

 やれやれ、また1つ歳を重ねてしまった。そんな感慨が強かっただけに、私は正直びっくりしたのである。

 もともと私の世代、つまり昭和ヒトケタ世代には、誕生日を祝うという習慣はほとんどなかった。

 少年時代は戦争中だったし、戦後もハッピーには縁遠いイメージだった。とにかく50代を過ぎるまで、自分の誕生日など完全に忘れて生きて来たように思う。

 つまり、誕生日そのものに馴染みがなかった。

 それが、カードを送られたり、メールが届いたり、食事に誘われたり、花を戴いたりしたのだから、すっかりあわてた。

 素直に喜んだらいいのだろうが、妙にそわそわ落ち着かない日々を過ごすことになった。

 心のどこかで、喜べない気持ちがあったのである。そんなわけで、疲れ果てている自分を持て余していた。

 年末に、四国と沖縄を旅して、体調を崩した。でも、自分は元気印が取り柄だからとなるべく平然と振る舞っていた。その無理が祟ったのだろう。

 そこに誕生日の祝賀ラッシュが襲った。精一杯はしゃいで見せて、結局くたくたになった。

 レストランでバースデー・ケーキに灯ったローソクの灯を一気に吹き消す時は、穴があったら入りたかった。店内にいた初めて会った方全員が「ハッピー・バースデー」の歌を合唱。口々に「80才を超えられているなんて思えませんね」なんて、お世辞を言ってくれる。

「どうも、ご迷惑かけて…。もうすぐあの世へ行きます」なんて照れて叫んでいる私。実に嫌な爺さんではないか!

「ありがとう!」「とてもハッピーです」と嘘でも喜々としたら、可愛かったのに。もちろんすでに後の祭り。祝ってくれた友人にも、何と言う失礼な態度だったか。思い返せば恥ずかしい限りである。

 自慢するわけではないが、同年配の男たちの中では、私は飛び抜けて、若くて元気だ。

 どこかで無理をしているに違いないのだが、これが習い性なのだから仕方な。気の利いたことを言って、ウケを狙う。それが楽しい。

若い人と付き合うべき

 実を言うと、私は若い人たちからエネルギーを貰って生きている。

「泰久塾」という私塾を20年程やってきた。むろん、私より皆若い。当たり前であるが、その一人ひとりの熱気が、ずっと私を勇気付けてくれていた。

 もちろん、一緒に年輪を刻んで来たのだが、私よりは何時までも若く、発想はやはり新鮮だ。

 同輩の諸兄姉には、自分より1才でもいいから、若い人とのお付き合いを勧めたい。そこには、未知の魅力が充満している。

 師弟関係を単なる上下として捉えてはならないと思う。太陽ほど輝かしい存在ではないにしても、無数の惑星が遠近を保ちながら、その周囲を巡っている。距離感は寄り添うことで常に永遠なのだ。

 いろいろな個性が交流することで、思いがけない世界が広がる。命ある限り生きようと私が決意し、楽しい毎日を希求するのは、やはりそんな友人がいるからだろう。

 ケイタイ電話には、待ち受け画面なるものがある。私は北アルプスの穂高岳をずっと愛用していたが、最近になって、ある女性に変更した。とびきりの若い美女である。名前は穂高に源を発する川と同じだった。

 告白すると、某テレビ局でニュースを担当している人だ。人目観て、恋の擒(とりこ)になった。

 むろん、その人にとっては、迷惑千万な事に違いない。

 寝る前の1分、早朝目覚めた時に1分。私たちは見つめ合うのが日常になっている。

 名前は分かっているが、秘密である。むろん、誰にも教えない。

 誕生日の朝、驚いたことに、彼女が突然動画になって「おめでとうございます」と言ってくれた。まさか!

 今年の誕生日は不思議の連続だった。生きているということは、やっぱり嬉しいとつくづく思った。

「ドカンと一発やってみようか!」そう思うと全身に新しい力が甦ってくる。いつまで生きるやら、そんなことは知らん。

 かくして、すっかり元気になった。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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