「夫婦で老人ホームに入りたい」なら守るべき5つのルール
余生が長引くなかで「夫婦で老人ホームに入居したい」というニーズが高まっている。しかし、夫婦そろって悠々自適の老後を過ごすためには、踏まえておかなければならない「ルール」がある。
「夫婦部屋」から予約が埋まる
伴侶に先立たれ、残されたほうが1人で入居する――そんなイメージが強かった高齢者施設が変わりつつある。「夫婦での入居」を希望する人が増えているのだ。
介護評論家の佐藤恒伯氏がいう。
「昔から老人ホームの夫婦部屋は一定のニーズがありますが、最近は男女ともに寿命が延びていることもあり、ますます人気が高まっている。新しくホームがオープンすると、夫婦部屋から先に予約が埋まっていく傾向があります」
全50室規模の一般的な介護付き有料老人ホームの場合、夫婦部屋は3〜4室程度しかないことが多い。競争率の非常に高い“狭き門”なのだ。
競争率が低いホームを探していくと、どんどん費用が高額になってしまう。
前出・佐藤氏がいう。
「夫婦部屋への入居は2人がそれぞれ単身者用の部屋を借りるのと基本的に同じ金額です。1人あたりの専有面積は18平米以上と定められており、夫婦部屋も36平米以上となる。施設管理費も1人あたりで加算されることが多いため、割安にはなりません。富裕層向けの施設のほうが、夫婦部屋は多く用意されています」
ただし、月の家賃に当たる「管理費」を、2人入居用では割安に設定しているホームもある。一部には2人で入居する場合でも、入所時に払う「入居一時金」を1人入居と同額にしているホームもある。
運良く金銭的に条件に合う夫婦部屋に入居できたとしても、単身者が入居するのとは違った配慮が必要になるケースが多い。夫婦が同じホームに入居する場合、知っておくべきルールとは何なのか。
同じホームに入居する場合、知っておくべきルール
【1】「一緒に寝起き」「おい、お茶!」はNG
夫婦で同じ部屋で住むだけに、自宅にいたときと同じ感覚で、妻に接してしまいがちだ。しかし、互いに介護やサポートを必要とするから入居したのに、ホームに入ってからも同じ感覚だと、夫婦仲が危うくなるケースも少なくない。
「入居した当初は2人とも元気だったので、夫から“ロビーから新聞取ってきて”“お茶を入れて”と頼まれても、“はい、はい”と従っていたんです。ですが、私が膝を悪くして杖をつくようになっても相変わらずで……。“なんで私はホームに入ってまで夫の世話をしなきゃいけないの!”ととうとう頭にきて、“自分でやってよ!”と怒鳴ったら大げンカに。それ以来、夫とはほとんど口をきかない冷戦状態です。ずっと一緒の部屋にいるので気詰まりで……」(82歳女性)
家事を妻に頼り切りだった男性は、介護スタッフではなく、常に一緒にいる妻にばかり頼みごとをしてしまう傾向があるという。
介護アドバイザーの横井孝治氏がいう。
「夫婦同部屋の場合、不満を漏らすことが多いのは奥さんのほうです。ホームで楽隠居できると思ったのにそれまでと同じように夫の世話に追われてはたまらない、と考える方が多い。そうならないためには、入居前から、自分のことは自分でする習慣を身につけたほうがいい」
常に一緒に行動するのもストレスになる。夫婦部屋で一緒に行動していると、24時間365日、一緒になってしまう。
「同室だからこそ、それぞれが自由に時間を過ごせるよう、気を配ったほうがいいでしょう。寝る時間や起床時間、食事のタイミングなどもそれぞれのペースを大事にすべきです。“いつも一緒”が夫婦円満のためになるとは限りません」(前出・佐藤氏)
【2】お互いの「人間関係」に口を出さない
ホームに入居すれば、夫にも妻にも“新たなコミュニティ”ができる。
「健康な入居者の場合、施設でできた友達と一緒に小旅行へ行ったり、クラブ活動を楽しんだりする機会も多々ある」(横井氏)という。
長く住んでいれば夫には夫の、妻には妻の交友関係ができてくるが、口出しは禁物だ。
「単身で入居している男性とちょっと立ち話をしていただけでも、夫は“あんな奴とは喋らないほうがいい”と言ってくるんです。これじゃあ友人もできないし、いつも監視されているようで気分が悪い。もううんざり」(80歳女性)
「男性に比べ、総じて女性のほうがホーム内では社交性がある」(横井氏)という指摘もある。依存度が高い夫は、妻の大きなストレスの種になりかねない。
【3】「介護ストレス」を配偶者に与えるな
入居当初は夫婦ともに元気だったとしても、いずれどちらかが先に介護が必要になることがある。同室の場合、パートナーの負担は大変なものになる。
「入居後数年で夫の足腰が一気に弱まり、腰が弱く、要介護認定を受けるようになりました。介護が必要になるたびヘルパーさんを呼べばいいのですが、目の前にいる私がつい世話をしてしまう。そんな日々に疲れ果てて、健康だった私のほうが倒れてしまった」(78歳女性)
前出・横井氏がいう。
「一般的な夫婦では夫のほうが年上で、平均余命を考えても、夫のほうが先に弱って介護が始まることが多い。そうなると、ホームにいるにもかかわらず、同居している奥さんに負荷がかかることになる」
スタッフが介護に入れば問題ないとは限らない。
「どちらかが夜間に介護が必要になった場合、同じ部屋で寝ているパートナーは夜な夜な起こされることになる。たとえば夜中に頻繁にオムツ交換をする必要がある場合、その都度、スタッフが部屋の電灯をつけるのでそのたびに目を覚ましてしまう。十分な睡眠がとれず、体調不良を招いてしまうこともある」(前出・佐藤氏)
同じ部屋で寝ていれば、無関係ではいられない。
「異性のスタッフが介護をするのを目にして、気まずくなる夫婦もいる」(同前)という。
要介護度が上がることで、ホーム側が対応できなくなるという事態も起こり得る。
「夫婦部屋は健康型の老人ホームに多く、そうした施設では重度の介護が必要になったときに、『うちではこれ以上面倒を見られない』と退去を求められることもある。すると、夫婦で別のホームを探さなければならない。入居一時金の償却が進んでいると、施設を移るお金が捻出できない事態も起こります」(前出・横井氏)
【4】「ホーム内別居」も悪くない
これらの事態を避けるために有効なのが、「同じホームで夫婦が別の部屋に入居する」という手段だ。別々の部屋に住み、昼間は共有スペースでともに過ごすというスタイルならば、多くの問題は解決する。
いつでも会いに行けるという安心感を重視するなら隣の部屋、向かいの部屋に住むのもいい。しかし、前出・横井氏は別フロアにそれぞれの居室を置くことを勧める。
「どちらかが要介護になったり、認知症の症状が強くなった場合、同じフロアにいてはどうしてもパートナーのことが気になってしまう。同じホームにいながらも、一定の距離をあえて置いて、家族との面会や夕食など、必要なときだけ一緒に過ごすというのも、長く生活していく上ではいい関係を保ちやすくなる」
競争率の高い夫婦部屋を探すより、単身部屋2つのほうがホームの選択肢が広がり、入居しやすいというメリットもある。
【5】「途中から別部屋」は難しい
2人とも元気なうちは夫婦部屋で、どちらかが介護が必要になったら別部屋に移ればいい――そう考える人もいるだろう。だが、途中で居室を変更するのはハードルが高い。
前出・横井氏がいう。
「夫婦部屋を解約して単身の部屋に変更しようとすると、入居一時金を払い直さなければならない場合がある。よほどの資産家でないと、その選択は難しいでしょう」
また、2人で一緒に入居しても、死は別々にやってくる。パートナーと死別した後のことも考える必要がある。
「夫婦部屋でどちらかが先に亡くなると、その後は残されたほうが広い部屋を一人で使うことになってしまいます。入所一時金を支払うタイプの単身部屋2つであれば、1つを解約することで返戻金が戻ってくるケースがありますが、夫婦部屋では返ってきません」(前出・佐藤氏)
終の棲処で夫婦添い遂げるという生活は理想だが、難しい現実も多い。10年後、20年後の姿を想像した上で、夫婦でよく話し合っておくことが重要だ。
※週刊ポスト2018年12月21日号