藤井聡太さんを支える「流動性知能」とは?脳を若返らせる鍛え方7つのルール「ワーキングメモリー」が鍵
海鮮丼に天ぷらうどん、にぎり寿司――藤井に関して、最も話題にあがるのは対局中の「勝負メシ」だ。本人も食事を楽しみにしており、同じものを食べることはなく、「そのときの気分で食べたいものを選んでいる」と話している。この行為もまた脳の活性化に一役買っている。
「食事を楽しむというのは日常を楽しく生きる大事な要素で、知能低下を予防する根源の話です。そもそも学習能力はやる気によって支えられています。楽しい気分になると脳の線条体という部位からドーパミンが放出され、その状態が続くと暗記の効率が高まったり、スキルの習熟が早まります」(篠原さん)
●生活習慣の改善
流動性知能を維持するためには生活習慣の改善も肝要だ。WHO(世界保健機関)が2019年に発表した「認知機能低下および認知症のリスク低減のためのガイドライン」には12の項目が挙げられている。なかでも、強く推奨されているのが「運動」と「禁煙」だ。
藤井は2021年のインタビューで、背筋などを鍛えるための軽い筋トレを始めたと話している。運動は健康維持だけではなく、直接的に学習能力を高める効果があると和田さんは指摘する。
「運動するときに活性化する大脳皮質の運動野という部位は、知能を司る前頭葉にとても近い部位。運動野の活性化による刺激や運動による血流の増加によって、前頭葉が鍛えられる可能性があります」(和田さん)
篠原さんが続ける。
「禁煙と運動は誰にでも有効な認知機能低下の予防方法です。そのほかに飲酒を控える、高血圧・高血糖・脂質異常症の管理、社会活動や認知トレーニングを無理のない範囲で行うことや、うつ病や難聴を患った場合は、可能な限り早期解消をすることも重要になります」
うつ病は意欲の減退と海馬へのダメージが報告されている。難聴もコミュニケーションを阻害するため、結果として知能を低下させるので、どちらも早期治療が望ましい。
厚生労働省は認知機能低下を防ぐ方法としてWHOのガイドラインの内容に加え、睡眠を挙げている。日常生活において大切といわれていることが、流動性知能を鍛えることにつながっているのだ。
「結晶性知能」を鍛えて「流動性知能」を補う
流動性知能と並行して鍛えるべきは、年齢とともに成長する「結晶性知能」だ。
流動性知能と対をなす存在である結晶性知能はそれまでの人生で積み重ねた経験や知識を活用する知能のことで、言語能力や理解力、洞察力などのことを指す。つまり流動性知能と結晶性知能を両輪でフル稼動させることができれば、老害脳からさらに遠ざかることができるのだ。
和田さんによれば結晶性知能は、いま話題の人工知能「AI」と通ずる特徴があるという。
「ChatGPTのようなAIが出現したように、思考力は人間だけが持つ能力ではありません。将棋でもそうですが、AIの能力が優れている理由は人の限界の数十倍から数百倍の棋譜を学習しているからです。つまりセンスや直感力が不足していたとしても経験を積んで結晶性知能を鍛えれば、高い能力を得ることができるのです」(和田さん)
藤井も早くからAIを活用して将棋のトレーニングをしてきたことが知られている。
「藤井さんが将棋に対して真摯に努力を重ねてきたことを考えると、流動性知能に加え非常に多くの棋譜を学んだことによる結晶性知能の高さがあると思います。ひらめきによる一手に見えても、実は膨大な棋譜パターンからその一手を導き出している可能性があります」(和田さん)
ちなみに、藤井の日課である新聞を読むという行為は知識を身につけるという面で、結晶性知能を鍛える要素もつながる。篠原さんが言う。
「私たちは日常生活では流動性知能、結晶性知能の両方を活用して暮らしています。つまり結晶性知能を高めようと努力することで、流動性知能も上がっていくといえます」
そのため、両者を区分して鍛えようとする必要はない。例えば散歩をしながら草花の名前を検索したり、興味のある珍しい野菜の栽培に挑戦したり、自分が住む地域の郷土史を調べたりすることで2つの知能は自然と鍛えられる。
「知能を高めるために大事なのは、日々の生活で新しいことに興味を持って行動すること。そして、その中から自分にとって楽しめることを継続することです」(和田さん)
「好きこそ物の上手なれ」――効率よく知能を高めるためのキーワードは藤井が体現している。