健康

日本人は「痛みを我慢しがち」なのはナゼ?「女性は痛みに強い」はホント?【医師解説】

「女性は月一度の生理があり、出産するときの痛みにも耐えられるから、痛みに強い」

 と、まことしやかに囁(ささや)かれているが、実はこれはまったく根拠のない迷信。むしろ女性ホルモンの関係で、エストロゲンが分泌される時期、女性は痛みを強く感じる傾向にあると柏木さんは言う。

「女性ホルモンと痛み、不快感の関係を調べたデータによると、男女差は、幼少期にはほとんどないのに対し、女性ホルモンが分泌され始める10才前後になると、同じ痛みでも女性の方が男性よりも痛みや不快感を持ちやすくなるといわれます。男性ホルモンの『テストステロン』を女性に投与すると、痛みが軽減するという論文もあり、男女で痛みの感じ方が違うのは性ホルモンが関係していると考えられます」

慢性疼痛の有病率(%)

「慢性疼痛は完治するのが難しく、女性ホルモンが減退した後も痛みが持続。有病率は加齢とともに増えていく傾向にある」(柏木さん)

人間に備わっている「痛みをとる力」

 子供の頃、痛いと親に言うと、患部をなでながら「痛いの痛いの飛んで行け~」と言われて、不思議と痛みが和らいだ経験はないだろうか。

「これは単なるおまじないではなく、きちんとした理論に基づいています。人体には痛みを取り除く仕組みが備わっています。その1つが、いわゆる『手当て』です。私たちは体のどこかをぶつけたり、お腹が痛かったりすると、無意識のうちに痛いところに手を当て、さすったりしますが、人間の体は優しく触れられると痛みが伝わりにくくなるんです」

 もう1つ、痛みを取り除く仕組みには「下行性疼痛抑制系(かこうせいとうつうよくせいけい)」というものがある。

「これは、いわば痛みをコントロールする力のことです。人間は時として強い痛みを感じるはずの場面で、痛みを感じないことがあるんです。たとえば、修行僧がたき火の上を歩くことができたり、スポーツの試合で骨折しているのに痛みに気づかずプレーを続けたり。なぜこんなことができるかは、まだ解明されていませんが、この下行性疼痛抑制系の働きによるものではないかと考えられます」

痛みは我慢するとさらに痛くなる

 人間の体には痛みをコントロールする力が備わっているからといって、我慢し続けるのは危険だ。

「痛みは体のどこかに異変が起きているというシグナルです。ですから、『なぜ痛いのか』という原因を突き止め、それを治療する必要があります。痛みを無視し続けると、症状が悪化していき、生活に大きな支障が出てきます」

 我慢すればするほど、痛みの強度は増していくというのだ。

「これは、脳が痛みを通じて体の異変を気づかせようと、痛みを感じる信号を送っているためです。ですから、痛みを我慢すればするほど、どんどん痛くなり、日常生活に支障を来(きた)したり、鎮痛剤も効きにくくなる。また、痛みの信号が大脳辺縁系という感情を司る部位に届くと、不快の感情につながります。そのため痛みを我慢するとイライラするのです。だからこそ、早めに鎮痛剤などを使って適切に痛みを取り除くことが必要なのです」

がん治療で「痛みに苦しむ」状況を避けるには?

 日本人の2人に1人ががんになる時代、緩和ケアは誰にとっても身近な存在となっている。がんの治療はどうしても痛みや苦しみが伴うイメージがあるが、適切な治療を受ければ「痛みにもだえ苦しむ」状況は避けられる。 「緩和ケア(緩和治療)」が、日本の医療制度に組み込まれたのは1990年のこと。 

「緩和ケア=終末期のがん患者だけのものではありません。身体的・精神的な苦痛を和らげるとともに、治療や生活の質を高め、延命効果も得られるといわれています。がんと診断されたらすぐに行うことが大切です。完治に向けて治療を受けている人にとっても、緩和ケアは重要な役割を担っています」

 緩和ケアの具体的な治療は3段階に分けられる。

「たとえば、最初にNSAIDsやアセトアミノフェンといった鎮痛剤を用います。それでも効き目が表れない場合は、コデインという弱い麻薬を、それでもダメならモルヒネやオキシコドン、フェンタニルなどの強い麻薬を、というように、患者さんの病状に合わせて薬を変えていきます」

 終末期でなくとも、強い痛みをとるために麻薬が使われることもあるという。

「がんの痛みといってもさまざまですし、もちろん部位や転移の状況によっては痛みをとりづらいものもあります。すい臓がんやお腹の中に散らばるように転移した腹膜播種(ふくまくはしゅ)などは痛みを完全に抑えるのは難しいとされます。ただ、痛みをとりづらいというだけで、緩和する手段はいくつもあります。たとえば痛くて眠れない場合は、鎮痛剤や医療用麻薬を使って眠れるようにします。適切な緩和ケアを受けることができれば、痛くてもだえ苦しむという状況は避けられます。遠慮せず、自分の状況を医師に伝えることで、適切なケアを受けることができるんです」

 厚生労働省の施設基準を満たした、緩和ケアに対応している病院は、治療を受けている医師や自治体のがん相談支援センター、日本ホスピス緩和ケア協会のウエブサイトなどで調べられる。

教えてくれた人

柏木邦友さん/麻酔科専門医。東京マザーズクリニック麻酔科医、アネストメディカル代表。著書に『とれない「痛み」はない』(幻冬舎新書)がある。

取材・文/廉屋友美乃 イラスト/沼田健 資料提供/柏木邦友さん

女性セブン2023223日号
https://josei7.com/

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