コメント
この記事へのみんなのコメント
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Kiyono
2022-11-14
涙が出ました。本当に悲しい交通事故でした。まだまだ、加トちゃんと仲本さんと高木さんで、楽しいコントをされていくと思ってました。本当に残念です。
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Masa
2022-11-13
高木ぶーさん、加藤茶さんがたまにテレビの画面で見れるだけで、「8時だよ! 全員集合」の皆さんの顔が浮かびます。これからもドリフターズの名前を守ってください。
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C
2022-11-08
私は今年20歳になります。今から3年前、高校2年生の時に文化祭のクラスの出し物でドリフの学校コントをしました。小さい子供から年配の先生方まで全員が笑ってくれました。しかしそのコントをするにあたってたくさん練習してただセリフを言うだけでは見てる側は面白くなくて、"間"だったり表情だったり動作など色々考えられているからこそのお笑いであることがとても実感でき、ドリフターズのみなさんの凄さを身に染みて感じました。そんな誰もが知っているドリフターズのメンバーがここ数年でおふたりもお空に行ってしまったのは本当に言葉では言い表せないくらいような感情になり大変悲しいです。ほんとにたくさん笑わせていただきました。わがままを言うとまだまだ笑わせていただきたかったですが、これも運命です。最後までみんなの記憶の中に笑顔の姿ばかりを残して空へ行かれた仲本さんはお空でもみなさんのことを笑顔にしてくれていると思います。そんな仲本さんも笑顔いてくれたらと願っています。高木ブーさんはまだまだ私たちにたくさんの笑顔を届けてください。お空のドリフターズのメンバーの方々はそれを願ってるはずです。これからもずっと応援しています。
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ちぃ
2022-11-07
小学校時代のテレビの楽しみと言えばドリフでした。どれだけ笑わせていただいたか。学校でもコントのネタで友達と笑いを共有したり、給食の時間もドリフの真似でふざける男子で皆んなで爆笑したり。今と違ってテレビが唯一の楽しみな時代だったのでドリフの存在は本当に大きかったです。ありがとうございました。 1人、2人と亡くなってしまい寂しい気持ちでいっぱいです。仲本さんの訃報も志村さんと同じで急すぎて受け止められません。そんなバカな、という思いです。 でも、ブーさん、かとちゃん2人の後ろには4人がついているのですね。いつでも6人一緒なんですね。それを聞いて少し安堵しました。 仲本さんもお孫さんの話で目を細めたり、 幸せに暮らしていたことがわかり嬉しく思います。 これからもずっとお元気でいてくださいね。 応援しています。
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あひる
2022-11-06
ぶーさんのような良き仲間に出会い、同じ時に大きな仕事ができた事、ぶーさんのような優しい方が病院に駆けつけてくれた事、何より、今もぶーさんがドリフターズが終わった訳じゃないと話してくれた事に、仲本さんは本当に嬉し涙を流しておられるような気がします。 人の命の区切りは誰にも予測できませんが、こうやって意志を継いでくださる方がいる限り、その方の命は不思議な輝きを放ち続け、また、思わぬ人の命を輝かせる反射板となるような気が致します。 仲本工事さん、どうか安らかに。 ぶーさん、願わくばこれからもその優しさ、誠実な笑顔を私たち一般庶民にも少しだけ分け与えいただきながら、ご活躍下さい‼︎ 素敵なお話をありがとうございました。
最近のコメント
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まるるん
2024-05-19
タイトルを見た瞬間に過去の梅仕事のお話しを思い出しました。今年も大変な季節到来かぁ、と。直後、イヤ今は違うんだった…と気づいた瞬間、何とも言えない寂しさを感じました。 ぬらりんさんの真似して去年初めて梅シロップを作りました。わずかな量ですが(^^)。楽しかったし美味しかったです。木苺が大量に穫れ、手を加えるにも容器がもうない!と思った時、ぬらりんさんがジップロックを使っていたのを思い出し、またもや真似して無事乗り越えました。感謝です。 熱中症に注意して草取り頑張りましょうね。
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前世来世
2024-05-19
自身は前世の記憶は無いが、抽象的に自身や親身にして頂いた方の寿命が解ります。私の元妻は既に逝去していますが、付き合い始めた当時、玄関先に飾ってあった写真を見た瞬間身体に異変が生じ脳裏に浮かんだ事は彼女の母と妻は短命だと感じ、直ぐ病院へ行くよう促しました。その後1ヶ月後に妻の母が脳卒中で逝去し、12年後元妻が心筋梗塞で逝去しました。生前僕が言ってた事は病院へ直ちに一緒に行こう!でしたが言う事を聞いてくれませんでした。 自身の亡くなる月は12月だと解っています。自身は子供の頃から霊感が強かった事です。
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五月病
2024-05-17
あの穏やかなお兄様が…びっくりされたことでしょう。身内とはいえ怖かったこととお察しいたします。さて、脳や精神のお薬は合うと非常に良い効果が出るのでなんとか落ち着きますように。お兄様、脳が弱り、身体も動かし辛く相当しんどいのでしょうね。そしてその苦しさを話す術も無く、今何をしているか、自分が誰か、付き添っている人が誰か、すべてよくわからない。認知症研究の第一人者の故長谷川先生曰く「確かさがなくなる病気」とは言え、切ないですね。ところで、私は田舎者で貧乏なのでよくわかりませんが、タクシーは右側扉も開けてもらえるのではないかしら、とちょっと思ってしまいました。ともあれ、もう遠距離通院は困難なので1月の連載で相談されたお医者さんにかかるのが良いのかなと思います。事態はかなり深刻だと感じます。ポストセブン編集部の皆様、もしマナミコさんがお休みをもらいたいとおっしゃられたら受け入れてあげてくださいね。こんな大変な中、一度も休載せず頑張られています。稿料もはずんであげてください。