連載

認知症介護で活用した貼り紙を10年目にやめた理由「表記はひらがなか漢字か…正解がわからない」

 岩手・盛岡に暮らす認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。認知症の母は伝えたことをすぐに忘れてしまうため、貼り紙を活用してきたが、いよいよ貼り紙をはがすことに…。10年に渡る介護で工夫してきた貼り紙を振り返り、その効果や対策について考察する。

10年間の認知症介護で活躍した貼り紙をはがすとき

 わが家では母に注意を促すためや何かを操作するための方法を伝えるためなど、貼り紙を積極的に活用してきました。

 例えば下の写真のように、母に炊飯器の釜を電子レンジで直接温めないようにお願いするために、貼り紙を作成して台所に貼ったり、母の寝室に初めてポータブルトイレを設置したときも、今まで見たことのないトイレを認識できないかもしれないと思って、下の写真のとおりトイレがあることを伝える貼り紙を貼ったりしました。

 貼り紙は長く使えるよう、あるいは汚れで文字が見えなくならないように、基本はラミネート加工していました。そのおかげで1度作った貼り紙ははがさずに、何年も活用できていたのですが、最近になってこの貼り紙をはがすようになったのです。いったいなぜでしょう?

認知症介護における貼り紙の効果

 自宅で認知症介護をしている方の中には、わが家と同じように貼り紙を活用している家もあります。認知症の人に口頭で何かを伝えてもすぐ忘れてしまうし、同じ行動を何度も繰り返して危険なケースもあるので、貼り紙に自然と行きつくのだと思います。

 母はひとり暮らしなので、わたしや介護職の方が24時間ずっと見守っているわけではありません。貼り紙のおかげで、母は自分の力で間違いに気づいたり、忘れてしまった操作方法を思い出したりすることができていました。

 そんな大切な役割を果たしていた貼り紙ですが、最近になって母がこの貼り紙を見なくなってしまったのです。


母が漢字を読めなくなってきた

 母は貼り紙に書いてある文章を理解できていないと思うようになりました。例えば、わたしがカレンダーに書いた「午後」の漢字が読めなかったり、「金曜日」の「金」の文字を「かね」と読んで、「かねがどうしたの?」と質問されたりしました。

 厳密には貼り紙の文章が理解できないのではなく、読めない漢字が増えてきたので、母の中で文章が成立しなくなっているのだと思います。

 ちなみにわたしが口頭で「炊飯器の釜を電子レンジに入れちゃダメだよ」と母に伝えれば、言葉を理解してちゃんと守ってくれます。でも文字にすると「炊飯器」や「釜」の漢字が読めないし、単語の意味も分からないようです。

 漢字が読めない → 単語の意味が分からない → 貼り紙の文章が理解できない → 貼り紙の効果がない

 と推測し、貼り紙をはがすようになりました。

 漢字が読めなければひらがなで表記すればいいと思って作った貼り紙が、先ほどご紹介したトイレの写真に写っています。

「トイレがまにあわないときは、ここでして!」と、漢字を一切使わなければ、文章の意味を理解できると思って工夫したこともあります。

 ひらがな表記はうまくいくケースもありますが、逆に分かりにくくなるケースもあります。ホワイトボードに「〇〇歯科」と文字を書いたのですが、漢字が読めないと判断したわたしは「〇〇しか」と書き直しました。

 ところが母は「しか」の文字がかえって分からないようで、「歯科」と漢字で書き直したところ、意味を理解してくれました。未だにかなと漢字の表記をどう使い分けたらいいのか、正解は見つかっていません。

貼り紙の内容を理解してもすぐ忘れてしまう

 もうひとつの理由は、貼り紙の文章の意味を母が理解したとしても、数秒後にはすぐ忘れてしまうので、はがしてしまいました。炊飯器の釜を電子レンジで温めてはいけないと瞬間的には分かっていても、数秒後には忘れて電子レンジに入れてしまうのです。

 さらに母は電子レンジの使い方自体を、忘れる日が増えてきました。電子レンジを使わないのなら、炊飯器の釜を温めることはありません。結果として、貼り紙は必要なくなってしまいました。

現在はホワイトボードを活用している

 認知症の進行とともに、貼り紙の役割は終わりました。これまで10年近く、わたしの介護をラクにしてくれた貼り紙には感謝しかありません。

 最近はホワイトボードを使っていて、ひらがなと漢字をどう組み合わせて文章にしたら、母に伝わるかを試行錯誤しています。貼り紙と違って、何度も書き直しができるので便利です。

 母の状態は日々変化していますが、それに合わせて介護するわたしも変化していかないと、在宅介護は続けられません。これからもいろいろ工夫を重ねて、母にとってもわたしにとってもストレスのない環境を作っていきたいと思っています。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(79歳・要介護3)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442

●冷蔵庫を開けっ放しでマヨネーズを口にする認知症の母…衝撃を受けた息子が考えた過食対策

●認知症の母が作った衝撃の“鶏肉をサッと温めた”料理に息子がハラハラさせられた話

●母の認知症介護に重要な3つの道具「10年使っているホワイトボードと伝え方の工夫」

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この記事へのみんなのコメント

  • パル

    とても為になるお話ありがとうごさいます ホワイトボードの文字ですが 漢字が入る普通の文章を書いて、ふりがなをつけるとわかりやすいかも…と思いました 介護には、その都度アイデアが必要で少しでも本人が自分1人で出来る方法を考え試行錯誤しますが 介護が必要な方は『自分で出来る』安心感を作る事が重要なんだと感じました

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